希望ある明日に向かってメッセージ

ルーテル学院大学の紅葉

大学の紅葉の写真です。礼拝堂の横にあります。

授業をしていると、時々、太陽の光が草木にあたり、感動を呼び起こします。大学の学ぶ環境は、様々な感動を提供してくれています。

田浦教会の礼拝に出席して

2023年10月8日、家を7時30分に出て、田浦教会に礼拝に参加しました。そこは、恩師の阿部志郎先生、尊敬する先輩の岸川洋治先生、またお世話になったたくさんの方々がおられる教会で、今日は、3名が1番前の席に座り、教会員の方々と声を合わせて讃美歌を歌い、共に祈り、御言葉を聞くことができた。それも私が特に好きで、信条にしているいくつもの讃美歌、聖書講読等々、最初から私のために用意されているかのような数々の出会いに感動した。

ふりかえって、今日の礼拝は、私の「はらわた」に響く礼拝であったと実感している。「はらわたをかきむしられる思い」「はらわたがちぎれる」「はらわたの煮えくり返るお思い」等、「はらわた」は様々に使われる。礼拝を表現するには、ふさわしくない言葉かもしれない。しかし、いくつもの迷いと悩みをもって訪れた田浦教会。たくさんの心の戸惑いが、す〜と抜けていき、明日に向かって歩む道が見え、歩む覚悟ができた。

お二人の存在が、それを可能にしたと思う。感謝。

チャレンジ(「富士登山のご報告」)

 皆さま、こんにちは。ルーテル学院大学の学部、大学院博士前期課程の卒業生の御牧と申します。現在は、静岡県立静岡がんセンターで医療ソーシャルワーカーとして働いています。

 7月28日~29日、静岡県がん患者会一歩一歩の会のサポーターとして、がんサバイバー(がんの闘病を経験された方)と一緒に富士登山に挑戦しました。この患者会は、今年で創立20周年になります。毎年夏に、がんサバイバーの方とサポーターが協力し富士山に登っていましたが、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、この活動はしばらく実施できていませんでした。今年は4年振りに富士登山を再開することができました。

 がんサバイバーの方の「富士山に登りたい。頑張るぞ」という思いによって結成された今年のチームには、登山のインストラクター、陸上自衛隊富士駐屯地の曹友会の方々、看護師・理学療法士・MSWの医療関係者など総勢13名のメンバーが参加しました。

 一日目の朝、富士宮口の五合目から登り始めて、標高が高くなるに連れ、息苦しさが生じてきたり、リュックが重く感じるようになったり、足・肩・手の痛みやしびれ、強い日差しを浴びて体力が奪われるなどのつらさもありましたが、みんなでサポートし合いながら、一日目のゴールである八合目の山小屋に無事に到着しました。山小屋ではスタッフの方々の温かいおもてなしと美味しいカレーに心身が癒され、英気を養うことができました。

翌朝の4時40分頃、山小屋の前から美しい御来光を眺めることができました。そして、八合目から頂上を目指してみんなで励まし助け合いながら、ゆっくりゆっくり歩みを進め、参加者全員が登頂し、またその日のうちに五合目まで下山し、無事に戻ってくることができました。

がんの闘病を経験された方と共に一歩一歩踏みしめながら富士山に登ることにより、サポーターの私自身が大きな目標の達成感と勇気をいただきました。

富士山頂で、市川先生はじめルーテル学院大学に連なる方々のことを心に留め、皆さんのご健康を祈願しました。機会があれば、ぜひ皆さんも富士登山に挑戦してみてください。

上:8合目から見えたご来光

下:九合目辺りから見える風景、左手前に見えるのが山中湖

希望ある明日に向かって歩むぞメッセージ

こんにちは。2006年3月に大学院博士前期課程を卒業した佐甲です。

先日の「希望の会」では、社協などで地域福祉に携わる方々ルーテル学院の同窓の民様とと、オンラインという限られたなかではありますが、久しぶりにお顔を拝見できたり、お話ができたりして、大変うれしく思いました。また、奥田さんのお話も長きにわたるホームレスの方々への個別支援からはじまった実践が、今や、地域でのつながりづくりを中心に据えたすばらしい地域福祉実践となり、また制度や仕組みに対峙していくお話はたいへん感銘を受けました。

さて、私ごとですが、厚生労働省への出向も含めて37年間勤務した全国社会福祉協議会を本年3月に退職し、4月から岐阜県の中部学院大学で教員として新たなスタートを切ることとなりました。

全社協の勤務のうち20年余りは地域福祉関係の仕事に携わりました。社会福祉の制度や福祉サービスが、どんどん地域生活のなかで身近な存在となり、あるときは支えられ、あるときは支える、当事者も含めた誰もが関わり、参加・協働の実践として地域福祉が広がっていくことを実感する一方で、今回のコロナ禍を含めて阪神淡路大震災、東日本大震災をはじめ度重なる自然災害やパンデミック、困窮者問題や社会的孤立、制度の狭間などいわゆる地域生活課題が拡大し、地域福祉により一層施策に裏付けられた目に見える実態の伴った実践が求められている時代になったとも感じています。

この間、最先端の取り組みを実践する社協職員や実践者の方々と一緒に仕事ができたこと、ルーテル学院大学でも新しい仲間とも出会い、特に市川先生、そして和田先生には全社協時代には上司として、大学院では奇遇にも教員という形で、厳しくも楽しくご指導をいただいたことは私の財産であり、一人ひとりの皆さまに心より感謝しています。

全社協での最後の2年間の新型コロナ感染拡大に伴う生活福祉資金の特例貸付の担当部長としての仕事は、全国の社協の方々にも大変厳しいものとなりましたが、わが国の困窮者、フリーランス、非正規雇用者、母子家庭・・・地域生活課題の広がり、深刻化していることを思い知らされ、顕在化されたそれらの課題に、社協がそして地域福祉がどのように立ち向かっていくのかという改めて大きな課題を突き付けられています。

全社協という仕事は、地域の実践があるわけではないので、そこから離れると自分の無力さも感じています。しかし、新たな仕事をいただいたことを機会にして、今、地域福祉に突きつけられている課題に対して、できうれば社協職員や民生委員・児童委員の方々とともに、少しでも新たな地域福祉の姿を拓いていきたいと感じています。そして、地域を基盤とするソーシャルワークということを、どのようにこれからの福祉の道を志す学生に伝えていくか、岐阜の地域福祉への貢献ということを考えていきたいと思っています。

最後に、今はまだ岐阜の新参ものですが、こちらにお越しの際は、お気軽にお声かけください。

佐甲学 中部学院大学

希望ある明日に向かって歩むぞメッセージ

みなさん、こんにちは。市川先生にお声掛けいただきメッセージを書かせていただくことになりました。2000年3月卒業の三田響子です

私は、小規模で異動のない仕事がいいな、と人口2万3千人の城山町社協(神奈川県)に就職し、7年後に平成の大合併で相模原市に吸収され、気づけば7か所ある事務所のうちあと2か所でコンプリートな異動要員となっています。そして相模原市社協でのキャリアは古巣の城山町社協の年数をとっくに追い越してしまいました。

令和3年4月から、相模湖地区を担当しています(合併後7か所目の異動(笑))。令和4年4月現在の人口は7400人、高齢化率41%。1年で200人ずつ人口が減っている地域です。事務所からは風光明媚な相模湖の景色が一望でき、毎日「ワーケーションか!」とつぶやかずにはいられない。クリスマスシーズンは相模湖プレジャーフォレストのイルミネーションを目当てに、普段からは考えられない大量の人がひしめき合って駅からのバスに乗っていきます。電車は30分に1本。バスは1時間に1本あるかないか、タクシーは1台(乗務員は80歳代)。自分で運転ができなくなれば、生活費もおろしに行けなくなります。金融機関も統廃合でどんどん数が減っており、スーパーは1軒。ドラッグストアはありません。コンビニはなんとか3軒。お弁当の配達、ネットスーパーも区域によっては来てくれません。個人病院はいくつかありますが、最寄りの大きな病院まではバスを乗り継がないと行けません。友人のご両親が免許を返納するための相談に来られましたが、返納のおすすめは心苦しく、できませんでした。今までの生活の継続が本当に難しくなるのではないかと心配で・・・。

ここは本当に政令指定都市なのかな?と思う地域。

このままここで年を取りたい、住み慣れた我が家で暮らしたいと願う人は多いと思いますが、果たして、出来るのだろうか・・・・・・・・・本当に希望はあるのか、疑心暗鬼に陥ることもあります。

足の問題が解決しないと、住民活動の維持も難しい。でもこの課題は民間組織の地区社協での解決は難しいと思っています。

心配事ばかり並べましたが、地域の方の活動はコツコツと素晴らしいものであることも事実です。ご近所の気になる方の部屋の片づけや草刈り等。「もういい加減にしてくれよ」と言いつつ、お願いすると「しかたないなあ」と引き受けてくださるボランティアの皆さん。ここ1年でご本人が自ら自分の状態を改善しようと頑張り、介護保険を利用できるようになって「最近元気になってきたよ」と報告があった時には、本当に人は、人とのかかわりで変われるのだなと感動。

地域で活動される方も皆さん前向きで、こちらが過剰なことをお願いしているのでは?と心配もあるのですが、「ボランティア活動している間は自分の家のことなんかすっかり忘れて、ストレス解消になるわ!」と言ってくださる方もいて、またまた感動。小地域の担当に戻り、自分の原点である「地域を信じて任せること」の実践ができ、「これだから、社協職員やめられない」と思える瞬間に立ち会えることはこの混沌とした社協業務に従事する中での私の希望の光かなと思います。(だからずーっと現場に居たい!)

ルーテルで過ごした学生時代に、自らが大切にされた経験があるからこそ、「一人一人を大切にする」精神が今でも自分の中に根付いているのかもしれません。目の前の人と自分自身を大切にする人生を楽しく歩んでいきたいと思います。

相模原市社会福祉協議会 三田響子

希望ある明日に向かって歩むぞメッセージ

皆さん、こんにちは。04年から06年まで、ルーテル学院大学大学院の博士前期課程でお世話になった藤田孝典と申します。

主査である市川一宏先生だけでなく、各福祉領域のスペシャリストであった先生方に研究や学術の基礎を厳しくも温かくご教授いただきました。

当時の私はいわゆるホームレス状態にある方にかかわり、大学卒業後、社会福祉士として、福祉事務所で生活保護担当をしながら、夜間と休日に大学院で指導を受けていました。

働きながら大学院を志望した理由は、生活困窮者に対する支援方法を確立するためでもありました。

当時、ホームレスを含む働ける年齢層に対する福祉事務所の支援は、就労支援、経済的自立に偏り、アルコール依存症やギャンブル依存症、知的障害や精神障害など多様なニーズを抱える方への対応は不十分でした。

そんな福祉事務所内におけるケアや支援に限界を感じ、NPO法人の設立あるいは独立を構想していた際、市川先生や大学院の仲間たちの後押しを受けました。

大学院では、私たち支援者側の枠、基準に当てはめるのではなく、当事者主体で支援関係を構築すること、社会資源がなければ自ら創造すること、実践を言語化して社会発信し続けること、支援介入の際には実証・論拠を大事にする「evidence-based practice: EBP」などを教わりました。

そのような経緯もあり、現在はさいたま市見沼区にあるNPO法人ほっとプラスという生活困窮者支援をする団体のほか、貧困問題を縮減するための反貧困ネットワーク埼玉の組織化、団体運営などをしています。

また、市川先生たちの教え、市川イズムを次世代へ繋ぐため、埼玉県内の複数の大学で社会福祉士養成に取り組んでいます。

さらに2015年から施行された生活困窮者自立支援法の策定にも委員として関わらせてもらいました。課題がありつつも、それによって全国の市区町村に、様々なニーズを抱える困窮者向けの自立相談支援機関が立ち上げられています。大学院での研究、議論、蓄積が具体的な政策立案場面で実用されたことは嬉しかったです。

しかしながら、様々な政策立案にもかかわらず、新型コロナ禍は猛威を奮っています。生活困窮世帯が増加し、相談件数も増え続けています。支援や給付メニューの不足も顕著であるため、政策変更を求めて、与野党国会議員、厚生労働省などへ働きかける毎日が続いています。

政策変更を促すだけでなく、民間企業によるSDGs推進のため、ホテル経営大手企業と共同し、困窮世帯向けのシェルター設置に取り組んでいます。上場企業が困窮者支援に力を貸してくれるのは画期的であり、大変ありがたいことです。

そして、福祉拡充の理解を得るため、相談支援現場の実態、想いを出版物などにしながら社会発信してきました。ネーミングにお叱りを受けたこともありましたが、高齢者の貧困状態を告発する「下流老人」は2015年に流行語としてノミネートされ、様々な政策論争を巻き起こすことができました。市川先生の教え通り、毎年一冊を目標に執筆活動も続けています。

まだまだ不十分でありますが、ソーシャルワーカーとして、当事者に向き合うミクロレベルの相談支援だけでなく、地域や企業、組織を変えるメゾレベルの実践、制度政策や世論に働きかけるマクロレベルのソーシャルアクションなど、幅広い実践を仲間たちとおこなっています。

今後もソーシャルワークの面白さ、醍醐味を後輩に伝えていけるように、皆さんと頑張っていきます。引き続きご意見、ご指導、叱咤激励いただきますようお願いいたします。

藤田孝典

希望ある明日に向かって歩むぞメッセージ

「日々職場と家の往復で場面場面を真摯に向き合ってはきていますが、忙しさから肝心の「人とのつながりで生まれる言葉、動機づけ」を置いてけぼりにしているようでインプットも忘れるべからずですね。ソーシャルワーカーの心に響く学びと出会いの場はなかなかなく、後輩たちにもぜひ参加いただきたいと思います。」RA

「奥田さんの生の話を始めて聞きました。さすがです。課題がきちんと整理されていて、理論的。そして、曲がらない、尊敬です。 家族機能の社会化、葬式を出してもらえるとしたら安心しますね。血縁のない人は地縁が支える。ひとつの答えをもらいました」もみ

「現在、CSWとして生活困窮や精神疾患、様々な生きづらさを抱えた人たちを支援していて、今日の奥田先生のお話しの一つひとつにうなずきながら、改めて伴走型支援について考えさせられました。ひとりにさせない、諦めないでつながり続けることを大事にしていきたいです。」飯島ともえ

「ご講演ありがとうございました。高齢者虐待防止に携っておりますが、虐待が起こる要因は個人・世帯の孤立・孤独だと痛感しています。虐待対応は問題解決型ですが、高齢者が65歳になってから関わったのでは遅くもっと前から予防しなければ虐待は無くなりません。昨年度の関わった調査で自治体等による虐待防止計画が策定されていない実態が把握できたので、今後人口は減少していくため、縦割りで施策を考え、お金を縦割りつけている場合ではないので、「丸ごと」で考えたいと思います。ありがとうございました。」乙幡美佐江

「地域における課題はより幅広い内容が求められると思います。それを忘れずにしたいね、という確認をし合うテーマ、分野を限らず奥田さんたちのように必要なら広げていく、そんな地域福祉について考えたいと思います。」河島京美

「希望の会でさまざまな分野でご活躍されてる卒業生に会え、つながりの場を持つことができ、自身を振り返る機会、視野を広げることができました。また、自分にとって安心、希望を持つことができました。つながることは個人にとって、組織にとってプラスのパワーになると信じています。」田丸隼土

「ソーシャルワーカーの役割は、明日への希望を伝え、共に創っていくこと。ルーテル学院で共に学び合った仲間として、これからも共に支え合い、希望を伝え合い、未来への架け橋を創っていきましょう。それぞれの場でソーシャルワークを実践していきましょう。」山本繁樹

「去る8月6日に開催されました「希望の会」の研修会に参加させてい頂き、ありがとうございました。認定NPO法人「抱僕」理事長、奥田知志先生の基調講演を拝聴しまして、福祉の原点に目覚めさせて頂きました。自分が何のためにこの福祉の仕事をしているのか、あまりにも変化の著しい社会のあり様の中で、迷える子羊の状態に陥り、心が折れそうにになる自分との闘いが多々あります。私も児童福祉現場で長年働きルーテルで臨床心理の分野で学び直し人間理解を深めていく努力をしていますが、眞に「我一人」では生きられない!福祉の原点はこの一点にあることに改めて気づかされました。というより再起されました。「あなたを一人にしない」。これは主イエスキリストがみ言葉を通して示されている「一人一人が愛される存在ある。どんな命も価値ある命である。私が共にいる。」という真理に一致します。キリスト教社会福祉は言葉の実践であることを強く教えられました。福祉のスペシャリストとしてご活躍の方々でさえ、どのような仕事をすすべきか悩みを抱え込むことがありますね。聖書のみ言葉の原点に立ち返って考えると、何をなすべきかは、社会のあり様や人々の暮らしをしっかり捉えながら、援助を必要とする方を覚えて祈りつつ向き合うときに、主がお示しくださると私は信じています。一人ではなく、働き人である私たち自身も共同体として共に繋がり合って、学びを深め励まし合うこの「希望の会は」大切だと思います。これからもメンバーに加えてくださいますようにお願い致します。幹事の皆様・会員の皆様のお働きに、祝福が豊かにありますようにお祈りいたします。」社会福祉法人ベタニヤホーム 綱春子

家族と企業による日本型の社会保障に替わる新しい制度、家族機能を持った住宅という話が考えさせられました。研修会の後もYouTubeの抱樸チャンネルで「希望のまち」や「家族の変容とこれからのケア」などを見ています。準備をして下さった方々に心から感謝いたします。M.K.

希望の会は、ルーテルの皆さんとのつながりを感じた時間となりました。また、来年も近況を語り合う機会が持てればと思います。コロナ禍は続き、さまざまな困難も立ちはだかりますが、このつながりを忘れずに、アフターコロナを見据えて、乗り越えていければと願っています。福祉実践の新たな地平を切り開いている、そんな瞬間に立ち会っているということを頭の片隅に置きながら、力を合わせて前進していきましょう。この会を牽引していただいた市川先生、原島先生、和田先生、幹事の皆さまに感謝いたします。桑原信人

希望ある明日に向かって歩むぞメッセージ

卒業生から、ラインが届きました。私は、送ってきた卒業生の働きに心から敬意を表し、これからも応援していきたいと思っています。

私は、現場でクラスターになり、陽性者の中仕事をしておりました。スタッフも次々にコロナにかかり、一時期、私ともう1人で現場を回すという厳しい状況になりました。無理をしなければ現場は回らず、ここで介護の人材不足の現実にぶち当たった気がします。その後は、私も陽性者となり、重症でした。現在は、療養期間も終え元気に仕事しております。

私の現場は人に大変恵まれていると思っています。社員をはじめ、パートさんとも協力しながらやっています。人の温かさを感じられる現場です。

介護は確かに厳しい時もあります。しかし、人の絆や温かさがとても感じられる仕事だと思います。辛いこともありますが、ここまで感謝される仕事って中々ないと思います。

これから、世の中がどう変化していくか分かりませんが、日々の変化の中で少しでも毎日自分が成長できるように今後も精進していきたいと思います。

また、皆さんにお会いできたらと思います。  N.K.

希望ある明日に向かって歩むぞメッセージ

 こんにちは。98年に卒業した小清水緑と申します。私は卒業してから13年障害福祉分野で働いていました。障害を持つ方の施設で働いている間はとても楽しくやりがいも感じていました。しかしだんだん、来られている利用者の方々に自分が職員として関わることでできることはもちろんたくさんあるけれど、この方達が暮らす社会が少しずつでも変わっていかなければ、根本的な解決にならない部分も多いよな。。と仕事をしながら年を経るごとに思うようになってきました。
そう思うと自分が職員として雇われているままでは社会に何も作用できないし変わっていくことにもならないのではないか・・・。と思い始めたところに東日本大震災が起こりました。もっと地に足をついた暮らしをして、どこにも雇われないで自分ができることで仕事を作り出していきたいと思い、ルーテル学院大学に通っていた時からずっと住んでいた東京を離れ、高知県四万十町に夫とともに移住しました。

 東京生活の時に夢見る「田舎暮らし」はのんびりゆっくり暮らすものでしたが、実際仕事を作り、暮らしを作っていくというものは大変です。ゆっくり暮らすというイメージとはとてつもなくかけ離れています。実際はめちゃくちゃ忙しい。笑それからはカフェをやりお菓子を作り・・。などやれることやっていました。

 現在はカフェは閉めて、四万十の素材を使ってお菓子を作り、全国へお届けするということをしています。夫と一緒にカゴノオトという屋号でやっています。https://www.kagonote.com/小さなスモールビジネスです。

 実際に障害を持つ人の暮らす社会が少しずつでも変わっていくようにと思い引っ越してきましたが、これは障害を持つ人の暮らす社会だけでなく障害を持つ人の暮らす社会が良くなれば様々な人にとっても暮らしやすくなる。障害を持つ人の暮らしが良くなることは入り口に過ぎず、そこからたくさんの社会課題にも繋がってきています。地方の高齢化や人口減少は止められずで我々の暮らしに直結します。どんどん農業をする人も少なくなり、耕作放棄地も増えていっています。都心への人口流出も多く、若い人がいなくなりつつある。人がいなくなればどこもが人手不足となる。障害を持つ人だけでなく誰もが暮らしづらくなってしまう。。

 そんなことを発信するためには多くの人に知っていただかなくてはいけません。今はネットがあり、どんな地方に住んでいても都心にいるのと同じように発信ができます。ネットでどこのものでも買い物もできます。SNSやサイトで発信して、ネットも使って販売しています。
 

 今は、自分たちが作り出す商品はこの地域で暮らしている人々の力をたくさん借りて、思いを乗せてお届けしています。高齢の農家さんの作物を買わせていただいたり、障害を持つ人の施設に通う方にも作業の一部をお願いしています。
より知っていただくことで発信していくことができるのではないか。そう思ってできるだけ知っていただくようにと必死でやっています。笑地方のことや、障害を持つ人のこと、農業のこと、環境のことにも思いをはせていただけるように。
誰も予想しなかったコロナ禍。今までのようにできないことがたくさんの中で新たな試みもしながらやってきました。いろんな人に助けてもらいながらやれていて、おかげさまでほんとに温かな方々に恵まれて日々感謝しながら生きてます。いつも「できないかもと思いながらやってみる」そうすると「次の扉が開かれ新たな展開が待っている。」だから無理かなと思いながらも挑戦してやっていこうと思えています。この文章書く前に明日に向かってがんばるぞのみなさんのメッセージを読んでいたら「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。 だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。」の聖句を発見して、そうだった。こんな聖書箇所あった!と思い出しました。

 先日、新宿の伊勢丹さんの地下の食品売り場でうちの商品を販売するという機会を得て、四万十町から行ってきました。がんばろう!!と作り過ぎていたこともあり、かなりの量を持って帰らなくてはならなそうになってSNSで残ってしまいそうで応援お願いします!!と投稿したところ、ルーテルの先輩や同級生がSNSで拡散してくださったりして、たくさんの方がいらしてくださいました。市川先生も足を運んでくださいました。
いつでも大学時代を思い出せばあの4年間の楽しくて温かかったことを思い出せます。あの温かさを大都会新宿の真ん中で変わらず感じることができて、ほんとに幸せでした。ルーテルで過ごした4年間は私の大きな支えです。
ほんとに感謝です。ありがとうございます!

 最後に・・。こんな文章を書くと前向きな人生みたいですが、そういう時期もあれば後ろ向きでそうでない時期ももちろんありまして。笑「求めなさい。探しなさい。門をたたきなさい。」と言ったってどうしてもできない人や時期もありますもんね。そんな時期や人にいつでも思いをはせれる自分でいられますように。自戒をこめて。
最後までお読みくださってありがとうございました。
小清水緑

 今日の朝、小清水さんからのメールが届きました。送った時間を見ると、午前2時36分。小清水さんらしく、誠実な思いを、精一杯書いた文章に胸が熱くなりました。コロナ禍にあって、小清水さんとご主人、そして子どもと歩む様子は、以下のyoutubeからご覧頂けます。改めて、コッシー、ありがとう。これからもよろしく。 

希望ある明日に向かって歩むぞメッセージ

市川先生、ルーテルファミリーのみなさま、暑い毎日が続いている聞いておりますが、お変わりなくお過ごしでしょうか?コロナの感染者が増える一方で、オリンピックの開催があったりで、不安な夏を過ごしている方が多いことかも知れません。東京で飲食店を営む友人は長引く緊急事態宣言の中でとても苦労しているとのこと。残念です。こちら、アメリカ、ニューヨークの状況ですが、ワクチン接種が急激に進んだおかげで、元どおりの生活に戻りつつあります。その反対に、異形ウイルスのデルタ型の感染者が増えています。私の勤める病院でもデルタ型の患者さんが増え初めていますが、その中の80%以上はワクチンを受けていない人なので、ワクチンの効果はあるのだと思います。そんな中で、ワクチンの副作用を心配する方などもいて、ワクチンの接種率が75.5%で止まっています。ワクチンがあるにしろ、ないにしろ、今後、私たちもコロナと長く付き合っていかなくてはいけなくなるのでしょう。けれども、コロナ禍において、スモールビジネスが倒産したり、社会の底辺にいる人にますますしわ寄せが大きくなっています。そんな中で、私たちはどんなことができるのかな、と毎日考えています。やはり、地域の中のネットワーク作りを強化していくべきなのでしょうか?この「希望ある明日に向かって歩むぞメッセージ」の場が、これらかみんなで一緒に考えていく場になることを願っています。ルーテルファミリーのつながりにたくさんの感謝をこめて。
岩間恵子