大学関連





2012年度後期卒業式
テーマ「わたしは必ずあなたと共にいる」
聖書:「モーセは神に言った。<わたしは何者でしょう。どうして、ファラオのもとに行き、しかもイスラエルの人々をエジプトから導き出き出さねばならないのですか。>神は言われた。<わたしは必ずあなたと共にいるこのことこそ、わたしがあなたを使わすしるしである。あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたたちはこの山で神に仕える>」(出エジプト記第3章第11節・12節)
1.「燃えている柴」
芝が燃えている。消えずに、炎が燃え上がっている。その光景を目にしたら、皆さんはどうするでしょうか。
紀元前1280年頃、今から約3300年前、モーセが羊の群れを連れてホレブに来た時、目にしたのは、燃えている柴でした。ホレブとは、「荒涼とした場所、乾き切った場所」の意味であり、ほとんど雨が降らない大地であるホレブの芝が燃えていたのでした。(手島佑郎『出エジプト記—混迷を超えるプロジェクトー』ぎょうせい、p.53,54、平成4年12月)
モーセは、火を消さなければと燃えている柴に近づきます。
2.神との出会い(以降、大串肇『現代聖書注解スタデイ版 出エジプト記』2010年9月、日本キリスト教出版)
その時です。燃えている芝からモーセを呼ぶ神の声が聞こえました。そして神は、モーセに、「エジプトでとらわれている人々を連れ出しなさい」と命じられました。当時のエジプトは、ナイル川の流域に栄えたとても強い国で、イスラエルの人々を支配していました。その支配から脱することは、不可能と思われることであり、容易に引き受けることはできません。
3.モーセの4つの拒否
モーセは、その神からの命じられたことに対して、4回抵抗します。
第1の抵抗は、「私は何者でしょうか、どうして私はこのことをしなければならないのでしょうか」という抵抗です。そのようなとてつもないことを成し遂げられるほど、偉大でも、価値ある人間でもないということを、モーセは自覚していました。
第2の抵抗は、「どうやって神が私を遣わしたと伝え、神のことを人々に伝えたらよいでしょうか」と言う抵抗です。人々は、簡単には信じてはくれません。困惑させるだけだはないかとモーセは恐れました。
第3の抵抗は、「人々が<主がお前などに現れるはずがない>と言って信用せず、私の言うことを聞かない」ならばどうずれば良いのかという拒否です。
そして、さらに、「私は口が重く、舌の重い者です」「どうぞわたしの代わりに誰かほかの人をお遣わせ下さい」とまで言いました。これが第4の抵抗です。
ここまでして、命じられた使命に対して、抵抗するモーセ。神はその抵抗に対して、一つひとつお応えになられました。第1の、「私は何者か、どうして私はこのことをしなければならないのでしょうか」とい抵抗に対する神の答えが、「私は、必ずあなたと共にいる」という答えです。
4.「私は、必ずあなたと共にいる」
私は、大串先生の『出エジプト記』の注解書を読みながら、モーセの生きていく姿に共感を覚えるのです。モーセの一人の人間としての生きる姿、迷う姿を学びます。神の問いかけを何度も抵抗し、そして最後に「共にいる」存在をひたすら信じ、そして歩んでいく一人の人間の姿に感銘を覚えるのです。
5.私の青春時代
私の青春時代も、葛藤の時代でした。「幸せを数えたら片手にさえ余る 不幸せ数えたら両手でもたりない」「幸せを話したら5分でたりる 不幸せ話したら一晩でも足りない」(ばんばひろふみ)私は、良くこの歌を口ずさんだものです。確かに、当時の高校や大学は学園紛争のただ中にあり、混乱していました。何人もが傷つき、そして去って行きました。その時に口にした歌の一つがこの歌でした。
しかし、本当にそうだったのでしょうか。今は、ふりかえって、困難に直面した時に、「共にいる」人がいたし、そして神がおられたと気がつきました。困難だから、大切な存在が見えることを、その時は気付かなかったのです。
6.「私は、必ずあなたと共にいる」という働き
「私は、必ずあなたと共にいる」というメッセージを届け続ける働きを紹介します。
私は、昨年、藤藪庸一牧師にお会いしました。来週、訪問する白浜レスキューネットワークのリーダーです。「自殺しようと苦しむ方々を何とかして助け、人生に希望を失っている方々に、もう一度人生をやり直そうと思ってもらえるように関わっていきたいと願って」、NPO法人白浜レスキューネットワークが立ち上げられました。
和歌山県南部西海岸にある白浜三段壁(さんだんべき)は、断崖絶壁の名勝ですが、自殺者があとを絶ちません。保護した件数は、年間30件を超えるそうです。相談電話は、三段壁以外からもあり、1260件を超えるそうです。また、保護した方々が自立するには、自己破産や就職活動などとともに、もっとも大切な、心身の回復が不可欠です。これらの問題を解決していくために畑を作り共同生活をしていると、藤藪牧師は言われていました。
藤藪牧師は、著書(藤藪庸一『<自殺志願者>でも立ち直れる』講談社)でこう書かれています。「私が何よりもうれしいのは、<略>共同生活を経て、自立していくことです。<略><教会に遊びにおいで><いつでも連絡をちょうだい>自立していく際には、また会えることを祈って送り出します。<略>私との関係を続けて連絡をくれ、そしてなんといってもその人が自立して生き生きと頑張っていることがわかると、私は励まされます。」
今、必要なことは、「共にいる」存在があることを、希望を失いかけている方々に届けることではないでしょうか。「共にいる」働きが、明日の社会を切り開いていくと、私は確信しています。
7.希望を繋ぐ人生のリレー
NHKの『八重の桜』を見たことがあるでしょうか。番組の導入部分の最後に燃える柴ではなく、緑のきれいな柴の上に桜の花のような桜色の傘をさす子どもが映ります。
『八重の桜』の制作担当者にお聞きしました。緑の芝の上で傘を差しているのは、福島県内の小学生高学年の男女370人。幕末の会津の人々が大きな挫折を体験し、その哀しみを克服し再生していく。若者たちに降りかからんとする困難から、若者たちを守り抜いていこうとした主人公八重の思いを、桜色の傘のシーンで表現しようとしたそうです。
そして、370名の子どもたちは、一人ひとり、10年後の自分自身に宛ててスケッチブックに書いた短い手紙を持っています。私は、この希望を一緒に大切にしたいと思っています。
8.「わたしは必ずあなたと共にいる」という希望をもって
卒業生一人ひとりに申し上げる。一人ひとりのスケッチブックに「わたしは必ずあなたと共にいる」という神の言葉を書き、卒業していって下さい。
今、明日を描くことはなかなか難しい。手探りです。だから、精一杯、今を生きる。困難で辛い時にあって、もっとも輝き、そして励ましになることは、「共にいる」という存在です。苦しい時だからこそ、楽しいと思っていた時に気がつかなかった「共にいる」存在を確認できる。一人で生きていると思ったら、一人ではなかったことに、気付くことができるのです。
卒業する一人ひとりの日々の生活を通して、働きを通して、困難に直面し、心を閉ざしている人のその心に、希望を届けて下さい。
卒業、おめでとう。これからもよろしく。
投稿日 13年04月03日[水] 10:17 PM | カテゴリー: 大学関連
「おめでとう」ではじまり、「ありがとう」で終わる人生を
聖書「わたしの目にあなたは価高く 貴く わたしはあなたを愛し あなたの身代わりとして人を与え 国々をあなたの魂の代わりとする」(イザヤ43:4)
「わたしの目にあなたは価高く 貴く わたしはあなたを愛し あなたの身代わりとして人を与え 国々をあなたの魂の代わりとする」(イザヤ43:4)という聖句は、2007年の入学式に用いました。 この時代とは、大国の世界制覇が始まり、抵抗する者は皆殺しにされ、町や村は破壊し尽くされ、その指導者層は捕虜とされました。当時のイスラエルは、存在の危機に直面するのでした。自分自身の傲慢な心、頭を垂れようとしない生き方が、自由と財産を失い囚われの暗黒時代をもたらした原因であると言われています。
その過酷な現実にあって、(P.D.ハンソン・北博訳『現代聖書注解 イザヤ書40〜66章』1998年、p.102 〜111)「わたしの目にあなたは価高く 貴く わたしはあなたを愛し」と語られているのです。厳しい時にこそ、目に見える器でなく、大切な、本当のものが見えると私は思っています。希望を失い、自分の存在が脅かされた時に、もっとも純粋なかけがえのない愛が、約束として神からしめされたのです。そこに命の光があります。
今、日本社会は、明日を見通せない不安の霧の中にあります。孤独死があとをたちません。子どもの命を奪うような虐待が行われている事実に、心を震わせ、目を覆いたくなる。また、知的障害児を育てていた母が急死し、子どもが餓死していたという事実が身近にあり、耳をふさぎたくなります。子どもは、誰もが祝福されていのちを与えられた。だからおめでとうと言う。この事実を見失ってはならないと思います。
今日、この聖句に関わり、2つのことをお伝えします。一つは、「こうのとりのゆりかご」という熊本の働きです。新聞では、「あかちゃんポスト」とも書かれています。
5年間で、保護した乳幼児は90人近い。そのうち県外が70%近い。
相談件数は年々増加し、23年度は690件。年齢は20歳未満が16%、20歳台は40%で、約60%が30歳未満。理由は、不慮の妊娠。誰にも言えずに葛藤の中にあり、助けを求めている。これは、事実です。
慈恵病院は、1898年、カトリック宣教師J.M.コール神父と5名の修道女により慈恵診療所開設されました。理事長の蓮田先生は言われます。「神様から授かった尊い生命を、何とかして助けることができなかったのか?赤ちゃんを生んだ母親もまた救うことができたのではなかろうか?捨てるという事は子供の命をなくす事につながりかねません。しかし安全なところに預けるという行為はわが子を助けたいという母親の切なる気持ちがそこにはあるのではないでしょうか。その事は将来その子が自分の親が養親であるという事を知り、悩むことがあればその時、「あなたのお母さんは、あなたの命を助けてもらいたいという深い愛情の元に、私達に命を託されたのです。 決してあなたを粗末にした訳ではありません。そして、縁があって今のご両親に育てられたのです。」といってあげたいのです。
「こうのとりゆりかご」の働きには、批判もあります。親が安易に子どもを産むという批判。しかし、たくさんのあかちゃんが捨てられている。性はいのちと関わりがあることを、切に考えなければならない。どの人も、祝福されていのちを与えられた。この事実を見逃せずに、駆け寄っていく人がいるのです。それは、イエス・キリストです。この働きは、ドイツで拡大しています。私は、再度申し上げたい。だれもが、神様から祝福されて命を与えられている。だから、言い続けたいのです。「おめでとう」と。
では、与えられた命の光を、どのように輝かし続けるか、これが2番目の課題です。
最近、「奇跡の一本松」のニュースをお聞きになった方々も多いと思います。
東日本大震災で壊滅的な被害を受けた陸前高田市の有名な「高田松原」は、津波に襲われ、7万本の松の中で「奇跡の一本松」が残りました。ちなみに、高田松原は、明治、昭和期に3度の津波に襲われたので、この松は4度目の試練にも耐えたということになります。
周りは、瓦礫の山。電気も水もない生活に置かれた人々にとって、それは生きる希望となり、感謝の象徴となったのでした。ある意味で、家族、家や財産を失った被災者の方々の境遇と、この「一本松」の姿が、重なったと思います。
海水をかぶり、津波に押し流された漂流物で傷つけられながら、また地盤沈下により冠水し、さらに一本故に遮るものなく、直射日光を浴び、昨年7月には芽生えた新芽を9月には枯らし、10月には根腐れしていることがわかったのでした。しかし、今、この「一本松」から18本の苗ができ、被災から1年半たった9月11日に、たくさんの被災者から感謝を受け、翌日、切り倒されました。
今、被災地の人々は、新たな試練を迎えています。
自分たちで、コミュニティを再建しようとする動きが確実に生まれており、この地道な歩みと足を揃えることが、今、本当に求められていると思います。
しかし、復興の青写真が描かれず、将来を見いだせず、また生活のために、被災地を離れていく方々も多くなっているのです。被災者に違いが出てきています。昨年の3月11日、1年を迎えた時、明日への希望を自ら描くことができにくい高齢の方々の不安が強く出されています。人生の終わりになって、友人を失う、役割を失う、身体的機能の低下。しかし、子どもを失い、孫を失い、たくさんの友人を失う。住むところも、思い出の写真も、家具も流され、残さ
そして冬は厳しい、確かに寒い。底冷えする。何度か仙台や石巻に行きましたが、冬は、いつも体が冷え切り、回復に数日かかります。
私たちは、象徴的な「奇跡の一本杉」になることは、できない。望むこと自体が無理。しかし、被災地支援は、0か100ではない。1から99までの働きがある。今、それぞれの生活の場で、互いに支えあい、生きていくことが大切な時期になっています。その延長線上に被災地支援がある。
聖句に戻ります。「わたしの目にあなたは価高く 貴く わたしはあなたを愛し あなたの身代わりとして人を与え 国々をあなたの魂の代わりとする」聖句に示された神の言葉を信頼し、愛されているという確信をもって、軽々しい言葉ではなく、共にいる存在として、そこに身を置く意味があると思っています。
今日、卒業する諸君には、すべての命が、神から祝福されて与えられたこということをわすれないでほしい。だれ一人として、神様から祝福されない命はないという真実に立ってほしい。誕生日には「おめでとう」と言います。まさに、「おめでとう」なのです。そして、人生の最後にあって、世話になった人に「ありがとう」と言う。「おめでとう」に始まり、「ありがとう」で終わる人生を大切にしたい。その言葉を、それぞれの働く場で、語り続けてほしいのです。
卒業、おめでとう。これからもよろしく。
投稿日 12年11月27日[火] 3:39 PM | カテゴリー: カテゴリ無し,大学関連
聖望学園中学校、高等学校に入学する皆さん、入学おめでとう。ご臨席の皆様、ご入学、おめでとうございます。新たな歩みを始める新入生の皆さんに、お祝いの言葉を申し上げさせていただきます。
東日本大震災から1年、日本は復興の真っ最中です。被災をされた方々の中には、苦しくて、心の整理がつかず、今も当時のことや、亡くなられた方を忘れられず、悲しみにくれている人がたくさんいます。
人は誰でも、答えのない悲しみを受け入れることは苦しくてつらいことです。しかし、日本がひとつになり、その苦難を乗り越えることができれば、その先に必ず大きな幸せが待っていると信じています。だからこそ、日本中に届けます。感動、勇気、そして笑顔を。見せましょう、日本の底力、絆を。
高校球児ができること、それは、全力で戦いぬき、最後まであきらめないことです。今、野球ができることに感謝し、全身全霊で、正々堂々とプレーすることを誓います。2012年の高校選抜野球で、石巻工業高校の主将の選手宣誓を聞き、多くの人が涙しました。ルーテル学院大学は、聖望学園も関わりの深い日本ルーテル教団と、石巻市の河北地区、北上地区の仮設住宅の支援に入っており、大震災の大きな被害を見ています。石巻工業高校も被災しました。津波に襲われ、約800人が孤立し、2日目に机を橋にして脱出したそうです。また9月21日に台風15号が襲来し、地盤沈下している校地は水につかりました。彼らは十分な練習ができなかったと思います。なのに、このようなメッセージを全国に送っています。
私は、石巻工業高校野球部の諸君から、3つのことを学びます。私たちは、共に明日を描いていくため、この原点に立つ必要があります。
- 謙虚さを大切に。人を理解する謙虚さを養うこと。相手を知らなければ一緒に歩むことはできない。
- 粘り強さを忘れずに。日々、粘り強く自分を鍛えてほしい。これからの社会を生きていくために、自分の力をつけるのです。自分が、成長していくこと。
- 希望をもち続けること。希望をもっている限り、明日が見えてきます。明日を夢見て、私たちが共にいること。明日があることを互いに確認すること。
伝統と実績のある聖望学園でこの3つを学ぶことができます。1日1日を大切に、歩んで下さい。謙虚さ、粘り強さ、希望という3つの期待を申し上げて、お祝いの言葉にさせていただきます。入学、おめでとうございます。
投稿日 12年04月16日[月] 4:05 PM | カテゴリー: 大学関連
ご入学おめでとうございます。入学される方々に、学生生活を通して学んでいただきたいことを申し上げたいと思います。
聖書には、「善きサマリア人」の譬えが語られています。旅人が追いはぎに襲われ、服をはぎ取られ、殴りつけられました。多くの通行人は、倒れている旅人の姿を見て、道の向こう側を通って去っていきました。しかしサマリア人は、倒れている旅人に近寄って傷に油とぶどう酒をつけ包帯をし、泊まる場所を確保し、介抱しました。
このようなサマリア人の行動は、広がってきたボランティア活動の原点であると思います。人のために何かをしたいという気持ちがつながりあって、絆を生み出し、その絆がコミュニティを再生させる。コミュニティの力が、未来の社会を切り開いて行く。インドで貧しい人たちのために働いたマザーテレサは、「愛の反対は憎しみではなく、無関心である」と言いました。もし人が苦しんでいる姿に目を背け、無関心であるなら、その苦しみは決して終わることはなく、連鎖となって広がっていく。私は、自分が、苦しみに直面した時に、その苦しみを受け止め、笑顔に代えてくれた親族、友人、教師のことを思い出します。
住民の生活を支える仕事をしながら、このような「ささやかな絆」が、「皆の笑顔」が、日本ではだんだん消えていくことを心配していた私は、昨年の東日本大震災を経験し、驚きました。全国各地から被災地に届く緊急物資、寄付金、祈り、メッセージ、そして駆けつける人々。家族や財産を失い、ただ呆然と立ち尽くす方々の姿を見て、いてもたってもいられない自分が、たくさんの人々がいるのでした。
東日本大震災から1年と数ヶ月を経て、私たちは、多くの体験をしました。原発の被害、孤立と貧困の広がり等々に直面し、明日が見えない。だからこそ、原点に戻り、私たちの生活の場に、「ささやかな絆」と「皆の笑顔」を取り戻すのです。被災地では、生活の場であるコミュニティを再建しようとする動きが確実に生まれています。自然の猛威にあっても、心に火を灯し、明日を目指して生きている方々と共に歩みたい。ボランティア活動を手話では、「共に歩む」と表します。
私は、今、3つのことが大切だと思っています。
第1は、今、自分にできることをすること。「現地に行って、支援のために働くことができないので、心が痛む」と良く言われます。しかし、ボランティアとは、「一か百か」ではない。たとえば、1か100かの2つの選択肢ではなく、その間には、98通りの働きがあるのです。
第2は、相手を理解する謙虚さと、相手を理解する力、関わっている方々と共に歩む力を養うこと。相手を知らなければ共に歩むことはできない。個々の状態も違うのであり、必要とされていることを判断する力が求められる。そして“May I help you?”というイギリスで日常的に使われる言葉がボランティア活動の原点だと思っています。自ら申し出ますが、判断を相手に委ねるのです。
第3は、続けることです。被災なさった方の悲しみは、深い。そして、決して消えない。でも、私は思っています。天国におられる方々は、今、生きておられる方々の悲しい顔を望んでいないと。だから、被災しているといないとに関わらず、私たちが共にいること、明日があることを、様々な働きを通して届け続けていくことが大切です。
私は、様々な講演の場で、いつも「被災地の復興は私たちの未来。それは、笑顔の連鎖、絆の再生である」と申し上げます。今、日本全国で、世界で、様々な悲劇が生まれている。戦争は憎しみを残し、憎しみに連鎖がさらなる紛争を生み出す。私たちが生活する場でも、日々孤独な死や、大切な子どもの命が奪われていく。そのあまりにも悲しい現実に立ち、共にコミュニティの復興を図っていくこと。
繰り返しになりますが、それぞれが、精一杯、自分らしく生きていきたいという思いを受けとめ、一人だけで抱えきれない解決困難な事実を一人で解決する必要はないということを伝え続ける人が、今必要とされています。「共にいる」人の存在を知ることによって、その人は今を歩き始めることができる。そして、その人の明日が見えてくる。また、今を生きることによって、その人の過去の事実は変わらなくとも、過去の意味が変わるのです。過去の事実が変わらなくとも、その意味が劇的に変わるのです。
サマリア人の行いを示し、「行って、あなたも同じようにしなさい」と言われたイエスの御言葉を、入学される方々と、一緒に学びたいと思います。
投稿日 4:02 PM | カテゴリー: カテゴリ無し,大学関連

2011年度3月卒業式
「いのち」
聖句:ヨハネ13章3節〜5節「イエスは、父がすべてを御自分の手にゆだねられたこと、また、御自分が神のもとから来て、神のもとに帰ろうとしていることを悟り、食事の席から立ち上がって上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。それから、たらいに水をくんで弟子たちの足を洗い、腰にまった手ぬぐいでふき始めた。」
1)鉱山労働者の救い
「私たち33人は、待避所で無事にいます」
現地時間2010年8月5日にチリ共和国のサンホセ鉱山で大きな落盤事故が発生しました。この鉱山は、地下に向かって螺旋状の一本道が掘られており、地下460メートルの地点で落盤が起こり、700メートルの地点で働く作業員33名が閉じ込められました。3メートル近くまで大量の土砂が押し寄せたと聞きます。その後、再度の落盤があり、坑道は暗闇に包まれました。その地域は事故が多いく、生存は絶望視され、鉱山落盤事故は大きく取り上げられませんでした。
しかし、救助隊は、確認のため、700メートルの地点にある避難所まで直径8センチのドリルで掘りました。そして、そのドリルを引き上げてみると、先端に赤い字で書かれた紙が貼られ、そこに、「私たち33人は、待避所で無事にいます」と書かれていました。事故後18日たって始めて生存が確認されました。後は、連日テレビに映し出されていましたので、ご存じだと思います。
さて、私たちは、送られてくる「いのち」のメッセージを、見逃していないでしょうか。心を開き、見ていないと、「いのち」のメッセージを見逃してしまいます。今、私たち自身の生き方そのものが問われているのです。
2)イエスが示した「いのち」を大切にした生き方
今日の聖句には、こう書かれています。
「イエスは、父がすべてを御自分の手にゆだねられたこと、また、御自分が神のもとから来て、神のもとに帰ろうとしていることを悟り、食事の席から立ち上がって上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。それから、たらいに水をくんで弟子たちの足を洗い、腰にまとった手ぬぐいでふき始めた。」
祝宴で客の足を洗うことは、奴隷のつとめでした。(バークレー184) 当然舗装されていない道は、雨には泥んこになり、また夏には乾燥してほこりだらけになります。その道を、2,3本のひもで結びつけられた簡単な底革でできている「履物」を履いて人々は歩きます。ですから、足を洗わずに家の中に入ると、家が汚れてします。家の戸口には水がめが用意され、召使いが水差しとタオルをもって、足を洗っていました。
その召使いの役割を、なぜイエスが果たされたか。神学者のバークレーは、言います。食卓を囲む、イエスの小さな群れには召使いがいなかった。イエスはそれを見抜かれた。私たちに、イエスの役割を担う者を求めた。社会にあって、跪いて人の足を洗う人の役割を求めたのです。腰にタオルをつけ、弟子たちの足下に膝をついている神のみ子の姿を思い、バークレーは、イエスを「仕える王者」(バークレー185-7)と言います。
謙虚さを持って、ひざまずき、「いのち」を仰ぎ見る。そこから、それぞれの「いのち」への尊敬が生まれるのです。
3)日本が置かれている状況
そのような事故を目のあたりにて数ヶ月後の2011年3月11日、東日本大震災が起こりました。学長室で会議していた私も、長く続く大きな横揺れに驚き、中庭に出ました。そして、経験のしたことのない大地震と、連続する余震、混乱する社会状況に直面して、私はしばらく中庭の椅子に座り、今、どのような対応をすべきか神に問いかけていました。
自然の驚異に私たちは、しばらく、ただ呆然と立ち尽くすのみでした。では、私たちは、自然の前に、希望を投げ捨てるのでしょうか。
私は、被災地を訪問し、何人もの友人たちに会いました。まだ瓦礫が片付かず、生活の拠点を失った方々の生活の場が築かれていない現実、支援が遅れている現状を何度も見てきました。しかし、自分たちで、コミュニティを再建しようとする動きが確実に生まれていることを知りました。自然の猛威にあっても、心に火を灯し、明日を目指して生きている「いのち」を、共に大切にしたいと思っています。復旧に三年、復興にさらに三年と言われています。被災地で生まれた「希望の光」、輝く「いのち」と共に歩みたい。
4)今、「いのち」の意味が問われている
では、「いのち」とは、なんでしょうか。
① 「いのち」とは、明日への希望を生み出すもの
私は、第1に、「いのち」とは、生きることそのものであり、明日への希望を生み出すものだと確信しています。
被災地の状況に直面し、たくさんの物資が現地に届けられました。日本全国から、世界から、たくさんの支援が届きました。
また、高校生が歌う歌が、心を打ちました。仙台市立八軒(はちけん)中学校吹奏合唱部が「あすという日が」という歌を歌いました。これは、全国大会で歌う予定でしたが、震災を理由に辞退し、避難場所で歌ったことから、たくさんの声になりました。盛岡市立北陵中学校吹奏部は、手話を加えました。今でも、その時の感動を私は覚えていますし、全国各地で歌い続けられています。
「あすという日が」 作詞 山本 瓔子 作曲 八木澤 教司
大空を 見上げて ごらん あの 枝を 見上げて ごらん
青空に 手をのばす 細い枝 大きな 木の実を ささえてる
いま 生きて いること いっしょうけんめい 生きること
なんて なんて すばらしい あすと いう日が あるかぎり しあわせを 信じて あすと いう日が あるかぎり しあわせを 信じて
あの道を 見つめて ごらん あの草を 見つめて ごらん
ふまれても なおのびる 道の草 ふまれた あとから 芽ぶいてる
いま 生きて いること いっしょうけんめい 生きること
なんて なんて すばらしい あすと いう日が くるかぎり 自分を 信じて
あすと いう日が くるかぎり 自分を 信じて
それぞれの「いのち」が希望を生み出し、輝いているのです。
② 「いのち」とは、共に輝くもの
私は、第2に、「いのち」とは、共に輝くものであると思います。悲しみも、喜びも、それぞれの「いのち」から生み出される。
2005年に福音ルーテル教会の12歳から18歳までのティーンズ72名が集まり、まとめた詩集『「いのち」の詩』を見て、感動する詩がいくつもありました。名前が書かれていませんでしたが、それから一つを紹介します。
「いつも励ましてくれる人がいる
いつも勇気づけてくれる人がいる
いつも笑わせてくれる人がいる
いつも楽しませてくれる人がいる
一緒に泣いたり助け合ったり・・・ だからお互いを大切に」
その詩から、いのちが共に躍動していることがわかります。共に輝いているのです。
一つひとつの「いのち」に敬意を表していくことから、希望が、未来が生まれます。「いのち」のメッセージを謙虚に受けとめるために、日々の生活の中で、ひざまずきたい。
5)祝いのメッセージ
今日の聖句は、「いのち」の源であるイエスが跪いて下さる。
ここに連なる私たちは、ルーテル学院での生活を通して、イエスがおられる食卓を囲んできた。そして、「いのち」の源であるイエスが、私たち一人ひとりの足を洗い、腰にまった手ぬぐいでふいておられる。
私は、卒業する諸君と囲んだ食卓を誇りに思うし、イエスに足を洗っていただいていることに感謝し、イエスが示されたように、共に、「いのち」を大切にして、未来を切り開いていきたいと思っています。
卒業、おめでとう。


投稿日 12年03月15日[木] 2:17 PM | カテゴリー: カテゴリ無し,大学関連
私が、在学生に感謝する理由
ルーテル学院大学
学長 市川 一宏
5年目になるでしょうか。私は、1限目を担当する水曜日と金曜日に、授業より20分早く中庭に立ち、「おはよう」と言って学生諸君を迎えることにしています。それは、暑い日も、寒い日も、雨の日も、曇りの日も、晴れの日も、数時間をかけて通ってくる学生への敬意を表したいため。日頃使う「おはよう」「こんにちは」「また明日」という挨拶が行われていたという、ルーテル学院大学の伝統を大切にしたいと思ったからです。しかし、挨拶を続けているうちに、その時が、授業の前に受講生の状況を知る大切な時であること。また自分自身が、「元気ですか」と、逆に励まされていることをわかりました。自分自身のために、立っていたのでした。
最近もそうです。2011年12月初旬、雨が降っている寒い朝、車椅子の女子学生が授業に向かうために寮から出てきました。そのことを知った通学生が、雨に濡れるのもかまわず、車椅子を押しに来てくれました。彼女の傘は、車椅子の学生が濡れないように差し出されていました。さらに、その二人の姿を見た別の女子学生が駆け寄り、傘を差しだしたのです。
私は、その自然な思いやりの連鎖が、今、日本社会でもっとも大切なこと、すなわち絆、縁であると思っています。しかも、それぞれが、決して無理をしていない。自然に助け手を差し出す。ルーテル学院大学の日常の生活の中で、思いやりが生まれていました。それは、共に生きる文化です。学生の絆を見ることが私の喜びであり、学生に感謝していることです。
2011年、生まれもって視覚・聴覚の障害をもつ学生が入学してきました。私たち教職員は、教職員、学生同士のコミュニケーションができるか、不安をもっていました。「障害をもっていることを理由に入学できないのは、障害をもつ本人の問題ではなく、大学自身の問題である」という信念を今まで大切にしてきましたが、不安は少なからずありました。しかし、教員の日々の講義で、また学生同士の日々の生活の中で、それぞれの可能性が花開きました。
学園祭の手話サークルの企画に、視覚障害の学生が共に参加する。その事実を見て、私は、教育の可能性を示してくれた在学生に心から感謝したいのです。
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学園祭で手話サークルのメンバーと
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通学中の様子
投稿日 11年12月20日[火] 9:14 AM | カテゴリー: 大学関連
わたしは、既にそれを得たというわけではなく、既に完全な者となっているわけでもありません。何とかして捕らえようと努めているのです。自分がキリスト・イエスに捕らえられているからです。兄弟たち、わたし自身は既に捕らえたとは思っていません。なすべきことはただの一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。フィリピの信徒への手紙3:12〜14
1.今日の聖書から学ぶこと
今日は、「何とかして捕らえようと努めているのです。キリスト・イエスによって捕らえられているからです」という箇所について考えたいと思います。このパウロの前向きな生き方に、私は圧倒されます。私が20歳の時、洗礼を授けてくださった大村勇牧師は、連続14週の礼拝説教でピリピ書簡講解を行い、自分が喜ばないで、神を語ることはできないと言われ続けました。まさに喜びとは、私の存在の中に神がおられるという確信から喜びが生まれる。存在の根底から湧き出てくる喜びから、歩みが始まると言われます。これが、「何とかして捕らえようと努めているのです。キリスト・イエスによって捕らえられているからです」という聖句の意味です。(『大村勇説教集 輝く明けの明星』日本基督教団阿佐ヶ谷教会1991年3月)先生の礼拝説教の多くは、神の愛を覚え、感謝して、隣人に神の愛を伝えなさい、という招きであったことを思い出します。
また、ルーテル学院大学の名誉教授で、前神学校長の徳善義和先生は、「パウロは絶えず新しく、このキリストにとらえ直されている。このキリストを絶えず新しくとらえ続けている。恵みとして感謝して受け止め続けている。このキリストから、絶えず新しく、新しいいのちをいただいて、日々を生きている。キリストを知り、それゆえに<キリストを得><キリストのうちにいる>今を生きている姿である。」とパウロの姿勢を語っておられます。(「フィリピの信徒への手紙3章3節2—11節」『説教黙想 アレテイア』2011年71号p.13)今をキリストにあって生きるパウロの姿が、手紙全体を通して、浮かび上がってきます。
2.パウロとは、
この手紙の主人公パウロとはどのような人でしょうか。
パウロは、キリストを信じる人々に対して、軍隊を使い、厳しい迫害を行っていた人でした。しかし、パウロは、突然、キリストに出会い、以前の富のむなしさを知り、キリスト教に改宗し、伝道者として使命を担おうとします。しかし、それはパウロに約束されていた名誉と地位、豊かな生活を捨て去ることを意味するだけでなく、迫害していたキリスト教徒にも信じてもらえず、また以前自分が行っていた迫害を、今度は自らが受ける身になることを意味します。神を伝える伝道の20数年、各地をまわり、そして迫害を受け、追われ、最後には逮捕、拘留、処刑される。このような想像を絶する働きをした伝道者パウロが、「何とかして捕らえようと努めているのです。キリスト・イエスによって捕らえられているからです」と語る迫力に、その謙虚さと力強さに、私はただ圧倒されるだけです。
3.パウロの時代
パウロが伝道した時代は、弾圧と分裂の時代と言われています。ローマ皇帝ネロが君臨し、また大飢饉や災害が起こり、ユダヤ各地で救い主を自称する者たちが現れ、社会は混乱をきわめていました。迫害は日本においてもなされ、その悲劇を私たちは知っています。キリストがつけられた十字架の処刑が各地で行われていました。キリスト教徒は、各地に離散していきます。しかし、同時に、そのような激動の時代は、歴史の転換点でもあったのです。
4.ふりかえって、今の日本は。
日本も今は、歴史の転換点に立ちました。自然も、今までとは違う、私たちが経験したことのない姿を見せます。地震、津波、台風、集中豪雨に、私たちは耐え抜いていかなければなりません。また世界経済を見てみると、アメリカ、ヨーロッパという経済先進国での問題は深刻であり、被災し、人口が減少して経済力が明らかに低下している日本において、円高の進行という逆の現象が起こっています。宗教や文化の対立は、世界各地で紛争や戦争を引き起こしています。また身近では、孤立の広がりを防ぐことができない。自殺は12年間3万人を超える異常事態。愛の反対は無関心であり、信仰の反対が思い煩いであるならば、日本社会は、無関心と思い患いに支配されている。まさに明日が見えない、海図を描けない時代となったと言えるでしょう。
5.私たちは、今、何をなすべきか?
私たちは、今、何をなすべきでしょうか。しかし、私は、パウロの代わりはできない。その力がない。あきらめて、投げやりになり、また誰かのせいにして、無関心になること以外に、私に残された道はないのでしょうか。そう思う時、私は、日本において、貧しい人々とともに生きてくださった、カトリックのゼノ神父の、「一本のろうそく」の話を思い出します。
今から約60年前、戦後の混乱のただ中にあった日本で、大型台風が東京を襲い、多くの家が水につかりました。その時、ゼノ神父は、浅草の闇市でローソクとマッチを買い占め、一隻のボートを借り、真っ暗やみの中、二階に避難して孤立していた人々を一軒一軒ボートで訪ね、励ましの言葉にそえて一本の蝋燭を配ったと聞きます。
社会福祉の第一人者である阿部志郎先生は、こう言われます。その晩に手にしたローソクは、被災した人々の大きな慰めとなった。ローソクが自らの身体を燃焼させながら放つ光が、人の心を温め、希望を与えるからであろう。人間の真実の人格価値が輝くことを、様々な働きを通して、この社会に語り続けたい、と。(『シリーズ福祉に生きる15ゼノ神父』寄稿「一本のロウソク」大空社1998年)
6.被災地支援の意味
被災地を訪問し、まだ瓦礫が片付かず、生活の拠点を失った方々の生活の場が築かれていない現実、支援が遅れている現状をつぶさに見てきました。しかし、自分たちで、コミュニティを再建しようとする動きが確実に生まれており、この地道な歩みと足を揃えることが、今、本当に求められていると思います。復旧に三年、復興にさらに三年と言われています。明日を目指して、被災地で生まれた「希望の光」と共に歩みたいのです。
そして、日本全国で、今回の死亡者、行方不明者の数を超える人たちが、自殺、孤立死している現状に、少しでも挑戦したいと思っています。
すなわち、被災地支援を通して、今、日本社会が求めている「希望」と「絆」を再生していくこと。今は、それぞれの場で、互いに支えあい、生きていくことが大切な時期になっています。
そして、私は、その基盤を築き、子どもたちが、希望を持って生きていくことができる社会づくりに努力したいと思っています。
7.私たちの未来である子どもたちが希望を持って生きていける社会を
私も孫をもつ身になりました。我が家の前は、通学路になっていて、たくさんの子どもたちが学校に通います。しかし、私たちは、子どもたちが希望を持てる社会を築いているでしょうか。皆で歌った賛美歌21 371番のように、皆が、それぞれの生活の場で、学びの場で、希望の光を灯すことが必要です。ここに輝くローソクを見てください。聖書に書かれているように、「世にあって星のように輝(フィリピ書2章15節)」いていますが、それは決して栄光の光ではない。共に歩む私たちの思いであり、共に悩む心の涙です。命の大切さを知り、守り、伝える人が放つ光なのです。それは同時に、私たちを支え、導き、共に歩んで下さったキリスト、また父・母・兄弟姉妹、友、恩師の思いが、それぞれの人生を通して光っているのです。そして、本当の暗闇だからこそ、どんな光も相手からよく見えるのです。
この光を届けませんか。愛されていること、共にいることを伝え、希望を届けませんか。共に力を合わせて、子どもたちが希望をもって生きていくことができる社会を築き、そこで光る愛の聖火を、10数年後、子どもたちが大人になった時に託したいのであります。
8.卒業生諸君へ
卒業する皆さんは、今、スタートラインに立ちました。これまでの学びの過程で、たくさんの人や出来事と出会い、様々な課題を自分で解決してきて、今がある。その自信は、決して無駄なものでもなく、これからの力となるでしょう。そして、一緒に未来への聖火を、明日を担う子どもたちに、一緒に手渡ししていきましょう。このことを、私は、切に願っています。
卒業おめでとう。これからもよろしく。
讃美歌21 371番 「このこどもたちが」
1 このこどもたちが 未来を信じ、つらい世のなかも 希望にみちて、
生きるべきいのち生きてゆくため主よ、守りたまえ、平和を、平和を。
2 戦いあらそい ここにかしこに 地をとどろかせて 燃えさかる時、
子らは泣きさけぶ、血をながしつつ。
主よ、とどめたまえ、いくさを、いくさを。
3「剣を鋤とし 槍を鎌とし、洪水のように 正義を流せ」。
神のみ言葉は世界にひびく主よ、教えたまえ、み旨を、み旨を。
4 このこどもたちの 未来を守り、生きるべきいのち、共に生かされ、
平和をよろこぶ 世界を望む。 主よ、祝したまえ、大地を、大地を。
投稿日 11年10月10日[月] 11:42 PM | カテゴリー: 大学関連
メッセージ 『放蕩息子は誰ですか』
讃美歌21 371
また、イエスは言われた。「ある人に息子が二人いた。弟の方が父親に、『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください』と言った。それで、父親は財産を二人に分けてやった。 何日もたたないうちに、下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩の限りを尽くして、財産を無駄遣いしてしまった。何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べることにも困り始めた。それで、その地方に住むある人のところに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた。彼は、豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人は誰もいなかった。そこで、彼は我に返って言った,『父のところでは,あんなに大勢の雇い人に有り余るほどのパンがあるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。ここをたち、父のところに行って言おう。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と。』そして彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き,接吻した。息子は言った,『お父さん、わたしは天に対しても,またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません』。しかし、父親は僕たちに言った。『急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物をはかせなさい。それから、肥えた子牛を連れて来て屠(ほふ)りなさい。食べて祝おう。この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに、見つかったからだ』。そして、祝宴を始めた。 (ルカによる福音書15:11〜24)
最近、子どもの心に、自己中という虫が住みついていると言われます。また、私の青春時代は、「涙とともにパンを食べたものでなければ人生の味はわからない」というゲーテの言葉が好きでした。私の中学生時代に、親が事業を失敗して倒産し、すべてを失いましたから、その時の食事の味を忘れることできません。でも、今の子どもたちは、厳しいことを避け、自分の殻に閉じこもっているのではないか。まさに「涙とともにパンを食べた」のではなく、「棚からぼた餅」というように、「たなぼた」の人生を送っている。さらに、若者から、「こんなに迷惑をかけてまで、生きているのはエゴだ」という言葉さえ聞こえてくる。一人ひとりがもつ、「自分らしく生きていきたい」当たり前の気持ちを理解できない。なぜなら、彼らが親しむコンピュータの人生ゲームは、いくつもの空想の人生を組み立てることができる。しかし、その結果に自分は責任をとらない。自分が傷ついても痛みがなく、電源を切れば簡単にリセットでき、今までの歩みをすべて無にして、再出発できる。でも、現実の社会では、希望を持てない。辛いことを避け、傷つくことを避けているから、他人の辛さを理解できない。そして、多くの若者は、明らかに物資的に豊かな生活をしており、このような若者の姿を見て、私は、今日の聖句の放蕩息子の姿を重ね合わせます。
ここに放蕩息子の譬えについて述べたナウエンの本があります。ナウエンの言うように、確かに、放蕩息子の行いは、きわめて傲慢な、そして身勝手なものでした。父の財産を、当然のように父が生きている時に分けてもらい、それも父から独立したいがために、できるだけ離れた場で、自由を謳歌したのです。贅沢な品々を買い、名誉や地位もお金で手に入れ、そして誰からも注目されようとして、ひたすらお金をばらまいたと思います。
とくにナウエンは、放蕩息子の行いを、現代社会にあてはめます。「あなたは、わたしを愛していますか?本当にわたしを愛していますか?」と問い続けるかぎり、自らをこの世の捕らわれの身にする。なぜならこの世界は、「もし・・・なら」という条件をつけるから。
「もちろん愛しますよ」もし、あなたが美しい姿なら、お金持ちなら、良い支援者がいるなら、名誉があるなら等々、際限がありません。
しかし、それらの条件をすべて満足させることはできないのです。この世の条件付きの愛に、本当の自分を探し求めているかぎり、この世に「捕らえられた」ままだとナウエンは言います(ナウエン『放蕩息子の帰郷』p.57)
当然、そのようなお金には限界があります。放蕩息子は、自分の財産を使い果たし、貧困のどん底に落とされました。それだけでなく、さらに災害が追い打ちをかけたのでした。聖書には、「彼はぶたの食べるいなご豆を食べて腹を満たしたがったが、食べ物をくれる人は誰もいなかった」と書かれています。いなご豆とは、パレスチナの至るところに生育しており、実は豚の飼料、また貧しい人の食物とされていたようです。いなご豆も手に入らない時と、金をもっていた時とは雲泥の差。放蕩息子は、希望と絶望の対角線に置かれたのでした。
しかし、聖書には、「我にかえって」と書かれています。本当に大切なものが、心の拠り所が、自分の身近にあったことに気づくのです。まぶしい光の中にあると、人は、その光に目を奪われます。しかし、人間以下の生活に陥り、豚使いの身になり、ついにいなご豆で空腹を満たすようになって、初めて気づく。そしてぼろぼろになり、ただひたすら父にしがみつく。レンブラントの絵を見ると、困難な旅をして父のもとにたどり着いた放蕩息子の靴には、底はなく、素足が見えている。着ている物はぼろぼろです。
その息子を父は受け止めてくれる。放蕩息子が富を手にしていた時にはわからない本当のものを見つけた時、自身が本当の輝きを放つのです。辛い時に本当のものが見え、明日が開かれてくる。まさにこれは逆転の発想です。
この本に関わる著者ナウエン、絵を描いたレンブラント、そして翻訳者の片岡先生には、共通点があります。
著者のナウエンは、カトリック司祭として、また神学者としての日々の葛藤の中で、放蕩息子の確信にたどり着きました。またレンブラントは、対照的な2つの絵を描いています。「一つは、売春宿にいる血気盛んな自分を描いたときの豪華な衣服を着た自画像。もう一つは、放蕩息子の帰郷に描かれた、やつれた体を覆うボロボロの上着と、長旅で擦り切れ、使い物にならなくなったサンダルを身に着けているだけ」の放蕩息子になぞられた自分と。
そして翻訳者の片岡先生は、神戸ルーテル神学校で学ばれました。また信徒の方の家を使い、西日本福音ルーテル伊丹教会の礎を築かれました。その後、シンガポール日本語キリスト教会(SJCF)の牧師に転任なされました。そして、ガンを煩い、闘病生活をおくるその病床で、この本を翻訳されたのでした。「支え続けてくださる方」を皆さんにお伝えするために。
3)自分が放蕩息子
私には、これまで人生の転機というべき時が何度かありました。その一つは、研究の転機。私は1992年から2年間、ロンドン大学LSEに入学しました。有名なピンカー教授に師事しましたが、図書館の書庫に行って、呆然としました。日本では手に入らない本がいくつもの書籍を埋めていた。学問の深さの前に、中堅の有力なイギリスの福祉政策研究者として考えていた自分の甘さを思い知らされた。留学して箔がつくと思っていたら、メッキがはがれた。
また、教育の転機は、3年前にありました。私は、大きな悩み、迷い、底知れぬ不安を味わいました。社会福祉学科の定員割れが2年続いたのです。受験生の全国的減少と言う現実があったとしても、社会福祉の名門として、社会的に評価され、それを誇りとしていた社会福祉学科の基盤が大きく揺れ、戸惑いました。何度、夜、目が覚めたことか。この経験は、責任をとる者だからこそ、知る辛さかもしれません。
自分が抱いていた夢と誇りを砕かれた時、私は、自分こそが、放蕩息子であると気がつきました。我がルーテルは、小規模で、財産はない。しかし、ネットワークと信頼がある。ブランドの卒業生がいることがわかりました。そして本当の教育を目指すことしか、私たちが生きていく道はないと思いました。自分は優れた教師、研究者であると思っていたが、実は、子どもの能力を、個性を生かしていない。自分勝手に作る学生像に在学生をあてはめている自分に気がつきました。学生は、未熟な大人ではなく、一人前の学生です。神様から各自に与えられた贈り物を見失っていたと思いました。そして、自分の限界に気がつき、共に歩むことの大切さを知りました。それは、教職員も同じでしたから、目標に向かって、再建できたのでした。本当の教育に立ち戻り、それを多くの人に理解してもらおうと皆が思ったからこそ、今があります。
ある卒業生の言葉を紹介したいと思います。「新約聖書ローマの信徒への手紙に、「あなたが根を支えているのではなく、根があなたを支えているのである」という言葉があります。根っこがしっかりしていれば、嵐に揺さぶられても、枝が切られてもなお、木は新しい芽を出すことができます。私たちは学院生活の中で多くのことを学びました。困難に立ち向かう勇気、人への思いやり、感謝する心。それらは私たちを支える「根」となって、これからの人生に試練に打つ勝つ力となるでしょう。」これは、浦和ルーテル学院第33回卒業生小川沙織さんの言葉です。突然、2人の同級生を天に送るという大きな悲しみを味わいながら、この原点に立つ。これは、彼女に、そして、同級生皆に神が与えた賜物。まさに、Gifts from God。この賜物を忘れず、放蕩息子のように、余分な思いを捨て神に請い願い、そしてその導きに従ってただひたすら歩む先に、私は明日が見えてくると思っています。困難な時に見える光を、放蕩息子は放っているのではないでしょうか。
投稿日 11:33 PM | カテゴリー: 大学関連
3月11日の東北関東大震災で亡くなられた方々のご冥福を祈り、哀悼の意を表します。そして、愛する人々を失い、深い傷をおっておられるご家族やご友人の方々に、神様の癒しのみ手がさしのべられますことを、切に祈ります。
3月16日午前9時52分、公衆電話から私の携帯電話に連絡がはいりました。「先生、生きているから大丈夫。でも、被害は甚大で、復興はたいへんだと思います。でも、頑張っているから」という、それまで安否がわからなかった石巻の友人の声に、私はただただ、「良かった、良かった、本当に良かった」と繰り返すだけでした。今日は、東北関東大震災が起こって、3週間になりますが、今だ復興の道筋がなかなか見えません。
大震災が起こった時、私は学長室で打ち合わせをしていました。大きな揺れに驚き、中庭に飛び出した時、多くの学生たちが集まってきました。震度5弱の長い揺れに座り込みました。そして、その後のテレビに映る現地の被害に、大きな衝撃を受けました。さらに追い打ちをかける福島原発の事故、猛烈な寒波と食糧難、家族や友人を失った被災者が直面する現実に、私の心はかきむしられています。
今、生き方が問われています。大震災は、根こそぎ、圧倒的な力で、人々の命を奪っていきました。人を選ばず、一斉に奪っていったのです。しかし、原発の災害は、消費社会で何でも与えられ、消費してゴミを増やしてきた私たちが、見失っていたことを思い出させました。自然の恵みによって私たちが生きていること。食べ物は自然の実りであることです。このことを忘れてはならないと思います。
今、私は2つの光を見ています。
1つは、被災地で、明日に向かう歩みが始められてきたこと。避難場所の中で、助け合いの輪が広がっていました。中学生が食事をつくり、高齢者の世話をする。そして動くことができる高齢者自身も、食事づくりの輪に加わり、共に支え合っています。岩手県宮古市立第一中学校生徒会長は、「震災をマイナスととらえるのではなく、改めて感じた家族の大切さを忘れず、前向きに生きていきたい」と涙ながらに答辞を読みました。ある小学校の校長は、「みんな一人では生きていけません、避難所で生活して分かりました、助け合って生きるのです」と、大切な生徒を震災でなくされた悲しみの中で、言われました。
また、全国大会を辞退した、被災地の高校合唱部が避難所で「あすという日が」を歌いました。
「あすという日が」 作詞 山本 瓔子 作曲 八木澤 教司
あの道をみつめてごらん
あの草をみつめてごらん
ふまれても なおのびる道の草
ふまれたあとから芽吹いてる
今生きていること
一生懸命に生きること
なんてなんて すばらしい
明日という日がくるかぎり
幸せを信じて
明日という日がくるかぎり
幸せを信じて
私たちは、今、困難に直面する多くの人々の希望の光を絶やしてはいけない。被災地だけでなく、日本はこれから、大きな課題を背負って歩みます。解決に必要な時間は、1〜2年ではない。まさに10年、20年、30年かかるかもしれません。しかし、言うまでもなく、被災地の復興は、私たちの未来です。被災地の復興なくして、明日はないのです。被災地の復興という明日を見つめて、私たちは今を生きていくのです。大震災で亡くなった方々の思いを、そして希望を私たちの心に灯し、明日を拓いていく。そこに日本の明日があるのです。困難に直面する多くの人々の希望の光を絶やしてはいけないのです。
第2の光は、共に明日を拓く働きです。
私は、仕事で、宮古にも、石巻にも、女川にも、松島にも行ったことがあります。仙台で行なった宮城県の仕事は少なくありません。昨年、宮城県内の市町村社協の代表の方々とお会いして、創立を記念する福祉大会の講師をお引き受けしていました。かつて訪れ、共に過ごしたその地が、平穏な暮らしが、一瞬にして奪われてしまったことに言葉を失います。
しかし、私たちは、今、命を与えられているのです。その命を大切に、生きている者同士が支え合い、共に生きていくこと。これが私たちに与えられた使命です。
派遣された自衛隊、警官、消防士、そして全国から来られたボランティア団体、ボランティア、行政関係者、社会福祉関係者等のたくさんの方々が、直面する困難を乗り越えようと現地に集まってきています。兵庫県で水害にあった学校では、被災された人々を応援するために、精一杯、歌を歌いました、また阪神淡路大震災に被災した人々が、支援の募金に立ち上がっています。震災を体験した新潟県は、たくさんの避難場所を提供しました。ルーテル教会も、支援に入り、物資だけでなく、現地と協力して、人材を送り込していくことを計画しています。ルーテル学院も、NPO法人のチャイルドファンドと協働して、親を失った子どもをケアする人々を支援する冊子を近々現地に送る予定ですし、「災害後の悲嘆(グリーフ)の理解と対応」についてホームページに掲載しています。これらの、たくさんの方々の一つひとつの働きが、光です。圧倒的な被害の前に、まだまだ不十分であることは分かっています。だからこそ、これからも、ずっと、それらの光を合わせ、たいまつにし、歩んでいきたい。
さらに、春の高校野球において、阪神淡路大震災に生まれた選手の宣誓は、私たちを感動させました。「人は仲間に支えられることで、大きな困難を乗り越えることができると信じています」「生かされている命に感謝を込め、全身全霊で、正々堂々とプレーすることを誓います。」と被災者に向けて宣誓をしました。
「お金を失うと生活の危機、大切な人やもの、誇りを失うと心の危機、希望を失うと存在の危機」と言います。まず、食料等の物資を届けることは急務です。さらに、親族を失い、働く場を失い、誇りを失い、心の痛みを抱えられない方々への健康や心の支援のために、医師や社会福祉士、精神保健福祉士や臨床心理士、看護師が現地に向かっています。今、私たちは、希望を見失ってはいけない。希望は、互いに支え合うことにより、強く輝きます。被災された人々の心に希望の火を灯すことができるように、一人で生きているのではないことを伝えたいのです。
ヨハネ15章12節には、「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これが私の掟である。」と書かれています。この聖句は、イエスが私たちを愛しくださったという事実から始まります。その愛ゆえに、説得力をもって語られたのです。「互いに愛し合いなさい。これが私の掟である。」と。この意味を、ルーテル学院での学びを通して、理解してほしいと思います。
そして、東門の前にある壁を見て下さい。そこには、ルターの言葉が書かれています。「自分のためでなく、隣人のために生きて、仕える生に神の祝福があるように」という本学のミッションに、今日、立ち返りたいと思います。
改めて、申し上げます。被災地の復興は私たちの未来です。入学する諸君には、ルーテル学院での日々の学生生活と通し、「何をしたいか」「何ができるか」そしてもっとも大切な「何が求められているか」を学んでいただきたい。
今日は、共に明日を拓いていくためにあるのです。たとえどんなに長い道のりでも、共に今日を一生懸命生きていくことによって、明日が拓かれるのです。
2011年度入学式を、「共に明日を拓く」ことを確認する時にしたいと思います。
入学おめでとうございます。
2011年4月1日
2011年度入学式
投稿日 11年04月01日[金] 12:00 PM | カテゴリー: カテゴリ無し,大学関連
2010年8月17日(火曜日)から19日(木曜日)に、神戸ルーテル神学校において研修会が開催されました。浦和ルーテル学院(さいたま市)、聖望学園(埼玉県飯能市)九州学院(熊本市)、九州ルーテル学院(熊本市)、そしてわがルーテル学院(東京都三鷹市)の各代表者と教職員が集い、「ミッションスクールで働く誇りと感謝と喜び」をテーマに、あつく語り合いました。その時期は、九州学院が夏の甲子園野球で勝ち進んでいる時であり、ルーテルの絆を強め、勝利を祈りました。
開会礼拝 東海林敏雄先生(浦和ルーテル学院理事長)
報告1 「ミッションスクールで働く誇りと感謝と喜び」
村山かおる先生(九州ルーテル学院教諭)
全体会 情報交換
礼拝 石崎伸二先生(神戸ルーテル神学校)
報告2 「音声指導とミズーラ英語劇を通した生きた英語指導」
磯田一成先生(九州学院教諭)
分団討議 ふりかえり
礼拝 市川一宏(ルーテル学院大学学長)
講義 「聖望学園の足跡をふりかえる」
神田秀夫先生(聖望学園理事長)
閉会礼拝 マイケル・ピースカー先生(聖望学園チャプレン)

投稿日 10年10月08日[金] 10:09 AM | カテゴリー: 大学関連
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