2023年3月石巻市訪問記
2023年3月に思い切って石巻に行こうと決め、石巻市社協の親友に連絡をした。年度末の忙しい中、友人は時間をとって迎えて下さった。何故、ここまで石巻に行きたくなったか。それには理由があった。大学の紀要に「市川一宏の足跡」という原稿を書き、また最終講義を終えたが、その中で、2011年3月11日の東日本大震災以降の約10年という石巻での活動のもち意味を再確認した。最終講義のレジメの「Ⅷ)2010年代におけるチャレンジ 1.東日本大震災被災地支援では 「2011年3月11日、東京で津波に襲われた現場を映像で見て、私は、いてもたってもおられず、石巻市を訪問した。今まであったはずの家がなくなり、土台だけが残っている。また一緒に過ごした子どもや孫が通っていた幼稚園や学校を見ながら、呆然と立ち尽くしていたたくさんの方々の後ろ姿を、忘れることができない。私はお願いして地域福祉活動計画の作成に関わらせて頂いた。社協は民生児童委員、ボランティア、社会福祉法人職員等と協力して実情を明らかに、㋑復旧・復興下で可能な事業の見直しを行い、㋒孤立防止に取り組む地域福祉コーディネーターを設置した。職員検討部会のメンバーは、8月31日から2月中旬まで、仕事が終わってから集まり、検討→提案→私のチェックというプロセスを繰り返した。メンバーの意欲を目の当たりにして、私は石巻に来て良かったと思った。」
石巻市社協には、2020年3月まで関わらせて頂いた。何故10年近く石巻市社協と一緒に復興を目指してきたのか、その理由は、友人たちと一緒に復興を目指したかった自分の率直な気持ち、震災後徐々に支援者が帰って行く姿に寂しさを感じて自分は必要とされる限り関わらせて頂こうとの思い、社協職員に親友がいて私への皆の期待をいつも伝えてくれ、結果として互いの信頼関係を築くことができたこと、政策動向や実践に関する情報を適宜提供できたこと等々であった。2019年度、2020年度は、社協とともに、行政の地域福祉アドバイザーの役割を担わせて頂いた。
今、日本の社会は、コロナの影響を受け、貧困、孤立、虐待、自殺、いじめ等、たくさんの問題が深刻化しており、どこから手をつければ良いのか、私は、戸惑いの中にある。被災後まもない石巻も、同様の状況にあった。どのような取り組みが可能なのか、津波によって流された後のがれきの中を通り、町中を歩いていた時、ある看板を見つけた。そこには、「始めることから始めよう」と書かれていた。石巻において復興、復旧を目指した様々な取り組みの実績は、私たちに勇気と知恵を与えてくれる。
確かに、被災地も整備されてきた。日和山から見下ろす海岸の風景も、整備さて、随分変わった。
またたくさんの児童と教員が亡くなった大川小学校は、震災遺構として保存され、大川震災伝承館が建てられていた。
大川震災伝承館
しかし、孤立等の問題は、依然として顕在化している。久しぶりに石巻に訪問したが、その現実に対して、石巻市社協の地域福祉コーデッィネーターは、継続して住民とともに地域を耕していた。
また雄勝、北上、河南等の支所を訪問したが、一緒に地域福祉活動計画を策定し、また地域活動等の支援を企画した友人、さらに前会長ともお会いすることができた。そして、各支所を基盤とした様々な取り組みを知った。
私にとって、やはり石巻は、地域福祉の原点であった。