地域福祉パワーアップカレッジねりまの『歩み』

2019年12月、卒業生、行政、区社会福祉協議会、講師が協力して編集した『歩み』が刊行されました。私は、地域福祉パワーアップカレッジねりまの学長を12年させて頂いたこともあり、序文を書く機会が与えられました。

明日の地域を描く

 今、地域において、様々な課題が顕在化し、それを生み出す地域自体をどのように変えていくのかという問いが出されています。地域福祉パワーアップカレッジねりま(以下、「パワカレ」という)は、自主的に地域福祉を学んだ方々が、それぞれの生活の場でカレッジの学びを実践できるように支援することを目的として、創設されました。

ふりかえって、2005(平成17)年、志村豊志郎前区長の強いお気持ちもあり、練馬区の幹部の方々がルーテル学院大学に来られ、私は、学長室で、地域福祉を担う人材の育成などを目指した学びの場を創設したいとの相談を受けました。迷いましたが職員の方々の熱意に心を動かされ、検討の責任者をお引き受けしました。検討会では、区民、行政、社協、NPO等が、テーマごとに複数のテーブルを囲み、ワークショップを行い、受講生の意思やお考えを尊重した、柔軟で将来の練馬区の地域を描く学びの場について何度も話し合いがなされました。そして区独立60周年を記念し、平成19年10月にパワカレが開設されたのでした。そして、現在の前川燿男区長も積極的に応援して下さいました。

カリキュラムの主要な方針は、地域福祉の基礎学習、地域探索と実践の見学等による実践重視、発表等の自己研鑽で構成され、一年目は基礎知識を、そして徐々に実践的理論と方法を学ぶ機会を取り入れていきました。運営に関しては、受講生の意思やお考え、取り組みを尊重しながら、行政、社協が協力してパワカレの運営を支えました。また、カレッジ祭は、パワカレにとって、学んだことを地域の方々にお示しする機会であり、私は、地域福祉を高める役割を担ってきていたと思っています。しかし、1回目から今回の12回目のカレッジ祭を通して、在学生の方々は大変苦労をなさってこられたことは、承知しています。

また、パワカレは地域そのものです。今までの生活や価値観が異なる住民が、話し合い、啓発し合い、そして助け合って2年間の学びをなさって卒業していかれた。また、様々な理由でお辞めになった方々もおられますが、私は、すべての方が、出会った大切な方々であると考えています。パワカレで学んだ方々の出会いが、パワカレの歴史を創り上げてきました。

 今一度、パワカレを振り返り、その特徴を5つ述べさせて頂きます。

 第1の特徴は、パワカレで学ばれたそれぞれの方々が、 地域の課題と様々な取り組みを学び⇒自らの立ち位置と、課題そして可能性に気付き⇒自らが今までとは変わり⇒自分の周りを変えていくというプロセスをたどっておられると私が感じることは度々ありました。同期の方々が助け合い、励まし合い、支え合い、時には意見や考え方の違いに失望し、また新たな関係を築いていく過程を通し、これからの自分の生き方を模索していった方々に、私は感動を覚えました。

第2の特徴は0か100ではない学びと実践です。0か100とは、実行するか、しないかという意味で使われます。しかし、パワカレは、その間にある1から99、そして100を目指していたと考えています。パワカレで学んだ方々は、様々な地域福祉活動をなさっておられます。また、一人の住民として、日々地域で暮らしながら、困難に直面する方々や地域福祉実践の理解者でおられる方々もいます。また行政や社協、民間団体の委員会のメンバー、役員の方々もおられます。それらの意味で、パワカレは、地域に根ざし、広がった草の根活動を生み出しています。パワカレのブランドは学ばれた方々です。

第3の特徴は、耐えず挑戦であったこと。今、地域では、様々な生活問題が生じています。2025年問題、8050問題、孤立死、児童虐待、自殺等の問題は、日本社会全体で生じています。たくさんの方々がそれらの問題の発生を防ぎ、問題の解決に取り組んでいますが、いまだ絶対的な解決策を見いだしていない。福祉政策も明らかに地域福祉を制度に組み込んでいますが、従来の家族、地域、職場が果たしてきた扶助機能は想像していた以上に弱まり、深刻な問題が顕在化してきています。だからこそ、アフリカで砂漠の緑化に取り組んでいたNPOのリーダーが言われていたように、「一本の木を植えなければ、砂漠の緑化は始まらない」のではないでしょうか。私は、パワカレが、卒業生の方々に、これからの自分を考えるさまざまな挑戦の機会を提供してきたと信じています。

第4の特徴は、自主的な同窓会活動です。2010(平成22)年に同窓会準備会が発足し、2011(平成23)年に同窓会が発足しました。その後、パワカレ生・同窓生・練馬区内の福祉団体等による会員制SNSパワカレネットワークシステムであるキャンディハートの運営が開始されました。練馬つながるフェスタ等の様々な行事への参加、パワカレ授業への協力等、練馬に根ざしたネットワークとしての役割を担っています。

そして第5の特徴は、一人ひとりの思いが輝いていること。パワカレの歴史をまとめ、後継に手渡しすることが私の最後の使命と思っていました。あまり長く学長を務めると、パワカレの運営がマンネリ化しますし、良くないと思いました。ただ、パワカレの変革期にあって、今までの卒業生の思い、活動実績を散失してしまうことは本当に残念です。一緒にパワカレの運営を考え、それぞれが支えあって築いてきたパワカレの足跡は、練馬区の財産であり、地域福祉活動そのものであると思います。今回歩みへの投稿をお願いした10期までの入学者は380名、卒業生は295名を数えます。様々な理由で途中でパワカレをお辞めになった方もおられます。

また、講師、区民、行政、社会福祉協議会、関係諸機関・団体の方々も一緒にこれからの練馬の地域福祉を考え、パワカレの運営に携わって下さいました。各期の特徴を大切にした練馬区の担当者は、創設の際に担当なさった北原さん、安定した運営の礎を築いた三枝さん、地域福祉の新たな展開に応じてパワカレを発展させたの稲永さん、社会の多様なニーズに応じた運営のためにパワカレの模索期を支えた横山さん、そして橋本さん等です。受講生への丁寧なお働きに心より感謝しています。また、練馬区社会福祉協議会の担当者による受講生の学習支援、活動支援は、受講生の可能性を広げ、地域福祉の担い手を養成するパワカレの土台を築いて下さいました。もちろん、講師の中島先生、西田先生、照井先生、正田先生のお働きなくして、パワカレは運営できなかったと思っています。

私の呼びかけに応じ、卒業生の方々が、パワカレの歩みの編纂に携わって下さいました。特に、編集代表として、1期岡本敬子さん、2期松村光典さん、3期須藤朔宏さん、4期高原進さん、5期小原あき子さん、6期二葉幸三さん、7期宮本幸一さん、8期清水明朗さん、9期橋本欣郎さん、10期渡部みさ子さんが、編集に携わり、自主的・主体的に本の内容を創り上げて下さいました。また、140名を超える卒業生が原稿を寄せて下さいました。編集委員の問いかけに応じ、原稿を書かれませんでしたが、本の出版を応援して下さった方々も何人もおられました。本当に感謝しています。なお、1期の編集をバックアップして下さった萬澤宏さんが、急逝されたことを本当に悲しく思います。ご冥福をお祈りいたします。

今もパワカレで学ばれたたくさんの方々の顔が浮かびます。授業だけでなく、カレッジ祭、懇親会、学外活動等で受講生の方々が一緒に悩み、考え、実行してきたいくつもの思い出が浮かび上がります。これは、私自身にとっても、かけがえのない経験ですし、これらの経験を共にしたパワカレ卒業生が、それぞれの場で、それぞれのやり方で、明日の地域を描いて下さると思います。もし卒業生の方々のお許しを頂けましたら、私は、このご縁をこれからも大切にしていきたいと考えています。2019年9月

私にとって、貴重な体験であり大切な思い出です。