天空から見る雲海

12月の中旬、早朝の飛行機で熊本に向かっていました。当日の天候は悪く、離陸の際に揺れましたが、不安定な大気を過ぎると、安定した飛行になりました。

 私は、何度も飛行機に乗っていますが、窓からの景色は決して単調ではありません。ただ何気なく外を見ていた私に、見えた雲の姿。それは、山々の間をおおう雲の姿、すなわち雲海でした。雲が、穏やかな海のように、静かに、やさしく地に広がる。高い山も、雲海の上では、丘のようです。私は、しばらく、手前の海と同じように広がる平坦な空間を見つめていました。

 自然の営みを私たちは支配することはできません。自然現象を分析することはできますが、何故今、雲海が出るのか、私が雲海を見ることができたのか、そのことを問うことは意味がないし、不可能だと思っています。意味があるならば、それは、私たちが自然に抱かれていることを知ること。自然の恵みに活かされ、自然の猛威に戸惑う。またある時は自然の美しさに感動し、ある時は自然の厳しさに圧倒される。その繰り返しが、人間の歴史であったことを確認することです。自然に抱かれ、自然に感謝し、自然の恵みを分かち合い、生きていくことの大切さを再確認することではないでしょうか。

 雲海の下で、私は生きています。雲海は、しばらくして消えていくでしょう。その後、太陽の光が降り注ぐでしょう。だれもが同じように、自然の営みの中に生きています。自然の前に、私たちは平等なのです。ならば、この日本で、自然の災害にあった方々と共に、自然の恵みを分かち合い、助け合い、生きていくことも平等でありたい。

 雲海を見て、私はその思いを強くしました。

                            2012年1月3日