長崎県民生委員大会2012

 2012年10月、長崎県民生委員大会で講演をさせていただいた。テーマは「つなぐ心 地域の絆づくり〜期待される民生委員・児童委員とは〜」である。たくさん委員の方々が、地域から来られていた。島部から船に乗られて来ておられる方々も少なくない。感謝を込めて、私自身が委員の方々から教えていただいたことを精一杯、お伝えした。大きな会場で会ったが、会場の庭には、小さな石像が置かれていた。このような気持ちが、民生委員の方々の思いであると思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

会場から長崎空港に向かう時、太陽が輝いていることに気がついた。車をとめていただき、写真を撮った。明日はきっと希望の太陽が昇るだろう。民生委員・児童委員の方々が、毎日、地域の方々に届けようとしているように。 

 なお、地域で、深刻な生活問題が顕在化している。その問題に取り組んでおられる民生委員・児童委員の方々の働きに、心から敬意を表したい。そして、その活動を支援する仕組みを作らないと、委員の方々が燃え尽きてしまう危険性がある。

 以下、私が月刊福祉に執筆した内容をお伝えしたい。感謝を込めて。

 

『民生委員・児童委員』

1.はじめに

2011年3月11日、東日本大震災が起こり、亡くなられ、行方不明になられた方々のご冥福をお祈りし、被災地で復興を目指しておられる方々の希望の光を覚え、これからも支援していくことの大切さを強く思う。被災地の復興は、私たちの未来である。と同時に、ほぼ同じ人数の方々が、毎年自死しておられる、いわゆる無縁死という事実を忘れてはならない。今、私たちは、どのような日本社会を創るのか、復興を通して、子どもたちにどのような社会を引き継いでいくのかという問いに答えていく使命があると考えている。

民生委員制度は、大正6年に岡山県に設置された「済世顧問制度」と、大正7年に大阪府で始まった「方面委員制度」が始まりである。今に至る90数年、

民生委員は、「社会奉仕の精神をもつて、常に住民の立場に立って相談に応じ、及び必要な援助を行い、もつて社会福祉の増進に努めるものとする。」(民生委員法第1条)の精神に基づき、様々な課題に取り組んできた事実がある。その歩みに敬意を表しつつ、新たな社会づくり、まちづくりに共に取り組みたいと願うものである。

 

2.民生委員・児童委員の悩み

1年にわたり、民生委員推薦のあり方を検討した際に、民生委員・児童委員の方々から活動のやりがい、悩み、苦労についての意見をお聞きした。日頃の活動として、「高齢者の好みが様々であり、また、なかなか心を開いてくれないため、支援のきっかけがつかみにくい」「障害者のいる世帯の将来が心配になる」「子育て中の家庭の貧困化や、不登校児童の問題など、児童の問題は複雑多岐にわたっており対応が困難」「様々な相談が寄せられ、予想外の相談や、対応困難なものもある」「セキュリティの整ったマンションの訪問、一人世帯の方への訪問が困難」「新住民との接点の結び方や、自治会のない地域での住民との連携、働く世代との関わりが難しい」と言われた。そこには、今日の地域における課題が明確に示されている。これに対し、「民生児童委員として、何を求められているのか不明確に感じる」「学校や関連機関の事業・会議が多い。本来ボランティアがすべき仕事や募金・調査など、活動以外の仕事が負担となる」「市民の民生児童委員に対する認識度が低く、職務を行う上で支障を感じる」「行政等からの依頼事項が多い。また、個人情報の関係で連携が困難」という、民生委員・児童委員活動を妨げる要因が、本来は連携して課題に取り組むはずの行政、相談機関や施設、社会福祉協議会等により生み出されている事実が散見される。個々のニーズに対応し、それぞれの委員がどのように関わるのかという合意がなされていない。また漠然と役割を期待されても、委員自身どのように連携すれば良いか戸惑うばかりである。また、情報の共有や研修、日常的な相談を通した活動支援が行われなければ、燃え尽きて「眠生委員」となるのは当然である。これらの民生委員・児童委員の悩みに答えていく責任が、専門職および機関・団体にある。

 

3.今日の地域福祉課題

2007(平成19)年7月、「民生委員制度創設90周年活動強化方策<広げよう 地域に根ざした 思いやり>100周年に向けた民生委員・児童委員行動宣言」(全国民生委員児童委員連合会)が採択された。その内容は、今日の福祉課題を認識し、それに取り組む活動を提起したもので、人と人との絆を再生しようとしたものでもある。

児童や高齢者虐待、死亡後長期間発見されない男性単身者が増加し、自殺者は1998年以降3万人を超え続けている。また、高齢者・障害者の消費者被害が顕在化し、特に、一人暮らしの高齢者が格好の標的になっているが、被害にあった自覚のない人も多い。高齢者、障害者、さらには、日本語のわからない外国人などの災害時要援護者の避難支援等が課題となっているが、これらの根源には、孤立・孤独という共通の課題がある。すなわち、「絆が切れた社会」の姿が見えてくるのである。

第一に、明日への希望が見えない現実がある。ある小児科医が、多くの青年が非行にはしらない4つの理由をあげた。第1は適度な忙しさ、第2は関心事があること、第3は家族や友人との心の繋がり、第4は明日への希望である。お金を失うと生活の危機、名誉を失うと心の危機、希望を失うと存在の危機と言われる。困難な状況にあっても、また乗り越えなければならない多くの課題があっても、一人ではなく、共に考え、悩み、そして明日への歩みを応援する人がいることを伝え続ける絆を大切にする社会でありたい。

第二に、コミュニティとは、生活の場、存在が守られる場、休息の場、安心できる場、自分らしくいられる場、生産と消費の場、ともに学ぶ場、それぞれの人と出会う場、助け合う場、家族が生活する場、保健医療福祉等のサービスを利用する場である。そして、地域に対する愛着、アイデンティティ、相互の関わりがないところに、コミュニティは存在しない。そこには、明らかに、住民関係があり、共に生きていくための一定の合意が必要となる。このコミュニティ、すなわち絆をたえず築いていく社会でありたい。

第三に、経済至上主義は、巨大な消費社会を作り上げた。そして、生産的であることが価値、生産的でないことが非価値となり、その対比がそのまま「善と悪」の考え方に結びつくならば、互いを支え合う共生社会を築くことができない。一人の存在を認め合い、困難に直面する声なき声があるならば、それを代弁して、連帯して解決していく社会でありたい。

第四に、まちづくりの視点が大切である。農業、林業、漁業が衰退してきた結果、山間地域、海岸地域が過疎地域となった。それぞれの地域の強みを最大限活用した、働く場の開拓を含めたまちづくりのできる社会でありたい。

それらの関わりに、民生委員・児童委員は重要な働きをしてきたのである。

 

4.地域住民の生活を支える民生委員・児童委員の役割

①地域に散らばるアンテナとしての役割

生活苦に直面している人・家庭を発見する受信アンテナと、必要な情報を提供する発信アンテナの役割が必要である。民生児童委員は、たとえば「一人の不幸も見逃さない」ことを目標に掲げ、全国各地で伝統的な見守り活動を実践してきた。そして、孤立し、必要な情報が届かない住民に対し、様々な工夫をしてきた。そもそも情報は、当事者、サービスや施設、専門職等多様である。また直接本人からの相談以外に、同僚、住民、介護者等を通じて入ってくる情報、ボランティア活動の場に行って得る情報もあり、受信アンテナとしての役割は大きい。他方、必要な援助を知らず、また誤解して利用しておらず、困難な状況にある住民に対して、理解しやすい情報を届け、説明を加えて理解をすすめ、さらに一緒に相談機関を訪問する等、発信アンテナとしての役割も担っている。

②専門機関や専門職につなぐ役割

民生児童委員は、得た情報を、つなぐ役割をもっている。特に、経済的な問題だけでなく、家族問題、心の問題等が重なっている場合、民生児童委員だけで対応することが難しく、迅速かつ確実に必要な所に情報をつなぐことが不可欠である。なお、このためには、得られた情報を通し、何が課題なのか把握し、つなぐか所を確認すること、対応の緊急性を判断する知識が求められる。

③住民や関係機関と協働する役割

住民の生活全体を支えるために、住民、自治会、町内会、保健医療福祉機関、ボランティア団体と協働した取り組みが大切である。また、必要な場合には、当事者の情報を共有し、対応を明確にして、それぞれの役割を合意することが必要である。特に児童や高齢者の虐待に対しては、迅速かつ総合的な対応が求められる。児童虐待は、経済的困難と親族・近隣・友人からの孤立が要因となり、高齢者虐待は、本人の認識がない場合もあり、多くは発見が遅れる。過重な負担を一人で抱え込んでしまう養育者や介護者に対し、関係者間の日頃からの情報交換、支援のための協議や研修が欠かせない。

④代弁者としての役割

今までご指導いただいた民生児童委員の働きは、困難な問題を抱えている住民とともに歩み、その心に希望の火をともし続けてきた働きであった。そして地域問題を見過ごすのではなく、実像として把握するために、その情報を必要な機関につなぎ、当事者を代弁していく役割を担ってきた。約30年数前、県福祉総合計画をたてるために1週間現地調査に入り、ホームヘルプサービスについてお聞きしたが、その必要性を主張したのは、民生児童委員だけであった。

⑤新たなサービスを開拓する役割

「繰り出し梯子」とは、公的サービスを必要とする人にサービスが届かない現状を打開するために、狭間を埋め、支援していく柔軟かつ先駆的な活動を意味する伝統的な言葉である。今日においても、公的サービスだけで生活困難な状況を解決することはむずかしい。ふれあいいきいきサロン活動は、高齢者、障害者、子育て中の親等を対象に、地域を拠点にして、住民である当事者とボランティアとが協働で企画をし、内容を決め、運営していく仲間づくりの活動である(全国社会福祉協議会『「ふれあい・いきいきサロン」のすすめ』)。2006年の介護保険の改正によって介護予防が強化されたが、その実績はすでにサロン活動で積み重ねられており、同活動に関わっている民生児童委員も多い。

⑥まちづくりの推進者としての役割

前号の絆社会、共生社会、連帯社会、参加社会を目指すことためには、住民の福祉理解を促進する取り組みや、住民自身が自分の問題として地域問題を理解する機会を提供する、日々の活動や継続的取り組みによってはじめて実現するものであり、民生委員活動の意義はそこにある。

 

5.民生児童委員の活動を支援する仕組み

以下、西東京市において議論した要約をお伝えする。

①役割の明確化

役割が多様化し、またたくさんの会議等に出席することによって、多忙になっている傾向にある。それぞれの地域において、中心的役割を明確にする必要がある。

②日常的活動を支援する仕組み

民生児童委員が、日々の活動の中でさまざまな課題を抱え孤立することのないよう、同協議会や事務局が、相談を受け付け、連携して課題解決に取り組むこと。必要な場合、専門機関の援助を受ける体制を整えること。経験の長い委員が新任委員のフォローを行なうなど、各地区の実情に応じた支援体制の構築が求められる。

③民生児童委員協議会に対するバックアップの体制

同協議会活動の自主的活動を支援するために、行政や社会福祉協議会との連絡会議等による日頃からの緊密な連携が望まれる。

④市民全体に向けた民生児童委員の役割と活動に係る広報の強化

⑤民生児童委員の代表者が計画の段階から加わった研修の実施

以前、全国民生委員児童委員連合会元顧問故光田釥(きよし)氏にインタビューを行った。そこで、光田さんが語られた以下の言葉をもって、私の役割を終えたい。「民生委員制度が90年近くも連綿として続いているのは、この専門性<民生委員法の基に行動する専門的な立場>と生活者の視点という両面性をきちんと調和させながら、先輩の民生委員・児童委員たちが取り組みを進めてこられたからだと思います。この世界に数少ない活動に誇りをもって、私たち一人ひとりの民生委員・児童委員が活動や制度を支えているという気持ちで取り組んでいただきたいと思います。」(「月刊福祉」7・8月号)