社会福祉関連

市川の履歴(2020年3月)

市川一宏(いちかわかずひろ)                2020年4月1日現在

1.教育歴

 1983年4月より 日本ルーテル神学大学専任講師

 1992年4より ルーテル学院大学助教授を経て 教授

 2002年4月より2014年3月まで ルーテル学院大学学長

 2014年4月より2018年3月まで、大学院研究科長・学事顧問・教授

 2018年4月より2020年3月まで、ルーテル学院大学学長

2.現在 

ルーテル学院大学人間総合学部人間福祉心理学科・大学院人間福祉学研究科社会福祉学専攻 教授

3.学歴

 早稲田大学法学部、日本社会事業学校研究科、東洋大学大学院社会学研究科社会福祉専攻博士前期課程・後期課程、ロンドン大学ロンドン・スクール オブ エコノミックス(LSE)特別研究員2002~2004年

4.専門分野:社会福祉政策・地域福祉・高齢者福祉

5.研究テーマ:全国・都道府県・市区町村の行政、社協、民間団体における計画の策定、実施、評価および調査研究、人材養成・研修等に多数関わる。

全国各地の実践から、様々な「地域の福祉力」を学び、各地域に合った地域福祉実践を研究テーマとしてきた。特に近年、地域の福祉力を高め、孤立を防ぎ、「おめでとう」で始まり、「ありがとう」で終わる一人ひとりの人生が守られる、希望あるまちづくり、共生型社会づくりに挑戦している。

6.学会の活動

・日本キリスト教社会福祉学会会長(2017年6月まで)

・日本地域福祉学会理事(渉外担当)、査読委員<2020年6月まで>

・日本福祉学会監事<2020年5月より>、査読委員

7.法人関係等役員

・東京神学大学評議員

・三鷹ネットワーク大学推進機構副理事長

・福祉系大学経営者協議会理事

・医療法人財団慈生会野村病院監事

・ニッセイ財団高齢社会助成審査委員

・厚生労働省寄り添い型相談支援事業等選定・評価委員会委員

・学校法人九州ルーテル学院理事(2019年4月まで)

・学校法人浦和ルーテル学院評議員(2019年3月まで)

・日本ソーシャルワーク教育学校連盟相談役(2019年5月まで)

・認定社会福祉士認証・認定機構研修認証委員会理事(2018年5月まで)

8.最近の主な学外活動 

・国際基督教大学非常勤講師「社会福祉概論」

・石巻市ボランティアセンターアドバイザー・地域福祉活動計画策定委員会アドバイザー『第3次地域福祉活動計画』・石巻市地域福祉アドバイザー

・小金井市介護保険運営協議会会長

・調布市高齢者福祉推進協議会顧問

・三鷹市介護保険事業計画検討市民会議委員

・武蔵野市健康福祉総合計画推進会議会長・地域福祉計画策定委員会委員長

・練馬区介護保険運営協議会会長、練馬区地域福祉パワーアップカレッジ学長(2019年7月まで)

・世田谷区共同募金配分委員会委員長、評議員専任・解任委員会委員長

・東京都高齢者保健福祉計画策定委員会委員・東京都共助社会を進めるための検討委員会委員長・社会貢献表彰専門部会会長

・東京都社会福祉協議会総合企画委員会委員長、法人理事

・神奈川県地域福祉支援計画評価・推進等委員会会長(2019年6月まで)

・全国社会福祉協議会全国ボランティア市民活動振興センター運営委員長、評議員選任解任委員会委員

・『日本の都市総合力評価(JPCI)有識者委員会(Expert Committee)』 委員<社会福祉担当>(森記念財団)

9.著書・論文等

(単著)

・2014年6月『「おめでとう」で始まり 「ありがとう」で終わる人生 福祉とキリスト教』教文館

・2009年5月『知の福祉力』人間と歴史社 等

(2019年度における論文等)

・2019 年1月この人に聞く「ソーシャルワーカーは、専門職である前に一人の人間であれ」聞き手松本すみ子先生、『ふくしと教育』(日本福祉教育・ボランティア学学会機関誌)2019 通巻26 号、p.38〜p.41

・2019年5月「岡本榮一理論へのキリスト教社会福祉からのアプローチ」(単著) p.90〜108『ボランティア・市民活動実践論』ミネルヴァ書房

・2019年5月「序章 三鷹市における地域ケアの現状と未来への展望」(単著)p.9〜22、「第1章 三鷹市における地域包括ケアシステム構築の現状と課題」(単著)p.28〜37、「地域ケアの過去、現在、将来」(特別対談 清成忠男前理事長)p.243〜251、「地域ケアネットワーク創設への想いを語る」(インタビュー 清原慶子前三鷹市長)p.235〜242、『人生100 年時代の地域ケアシステム―三鷹市の地域ケア実践の検証を通して』(編集代表・共著)NPO法人三鷹ネットワーク大学推進機構

・2019年10月(有識者委員)『日本の都市特性評価2019』森記念財団都市戦略研究所

・2019年11月(書評)森清著『ひとりでも最後まで自宅で』『本の広場』p.12・13教文館 

・2019年11月「慈愛園から学ぶ」『100周年記念誌』社会福祉法人慈愛園

・2019年11月「健生会の歩みは地域に希望の光を届けてきた歴史である」『創立35周年記念誌』NPO法人健生会

・2020年1月「明日の地域を描く」(自著)『地域福祉パワーアップカレッジねりまの「歩み」』p.5〜7(発行人)パワカレの歩み編集委員会

・2020年1月「キリスト教社会福祉実践の原点を考える」(発題要旨)『キリスト教社会福祉学研究』52号、p.80〜82日本キリスト教社会福祉学会

・2020年2月「桐ヶ丘地域のまちづくり再生」実践の持つ意味」(コメント)『第33回ニッセイ財団シンポジウムの記録集「高齢社会を共に生きる」』p.63・64日本生命財団

・2020年3月「自治体とコミュニティの関係性を踏まえた人材確保のあり方」(全国市長会の講演録)『コミュニティの人材確保と育成~協働を通じた持続可能な地域社会~報告書』日本都市センター

・2020年3月「解説 民児協運営のポイントと会長としての心構え」(自著)p.6・7『VIEW No.214』全国社会福祉協議会民生部 

10.講演・研修等

5月20日「これからの民生委員・児童委員活動を考える」大阪府民児協、大阪府民生委員児童委員大会

5月27日「介護支援専門員らしく、利用者や地域を支えるために」大分市居宅介護支援事業者連絡協議会、研修会

6月10日「これからの民生委員・児童委員活動を考える」新潟市民児協、新潟市中堅民生委員児童委員研修会

6月12日「自治体とコミュニティの関係性を踏まえた人材確保のあり方」地域社会を運営するための人材確保と人づくりのあり方に関する研究会、全国市長会

6月17日「地域福祉の方向性と地域福祉コーディネーターの役割」(講義と演習)長野県社協、長野県地域福祉コーディネーター養成講座

6月28日第60回日本キリスト教社会福祉学会大会シンポジウム「神と隣人に仕えるー地域共生社会形成におけるキリスト教社会福祉の役割」(発題)

6月20日・9月12日「地域援助技術」(コミュニティソーシャルワーク):「これからの地域福祉と主任介護支援専門員の視点」(講義と演習)「地域福祉を進める専門職の目指す方向」(講義と演習)長野県社協、長野県主任介護支援専門員研修会

7月4日・16日「社会福祉概論」裁判所総合研修所、家裁調査官研修

8月20日・3月1日・16日「特別講義:問い直される社会福祉の使命―新しい共生社会の創造」中央福祉学院、社会福祉主事資格認定通信課程

9月9日「地域福祉をめぐる課題と展望」神奈川県、地域福祉担当職員研修(初任者編)

9日29日・10月3日・11月12日・1月23日「地域福祉をめぐる課題と展望」自治大学校、(管理職)課程講義

10月9日「県民一人ひとりが作る地域共生社会について」沖縄県社協、沖縄県社会福祉大会

12月17日「地域福祉コーディネーターの役割」新潟県社協、地域福祉コーディネーター養成研修

1月28日「単位民児協会長・副会長の心構えと役割について」香川県民児協、単位民児協会長・副会長研修

1月29日「地域福祉を推進する者として」名古屋市民児協、研修会

2月4日「これからの民生委員・児童委員活動を考える」土浦市、全体研修会

2月7日「民生委員・児童委員協議会の運営と副会長の役割について」埼玉県社協、民児協副会長研修

2月13日・14日「民児協のリーダーに求められる役割」(講義と演習)全民児連、全国民生委員大学

2月17日・18日「地域共生社会と民生委員・児童委員の役割について」「相談技術」長野県社協、県内研修会

2019年度後期卒業式

2020年3月13日午後2時より、本学院礼拝堂において、卒業生と専任教員、担当職員、パイプオルガン演奏者と独唱者が出席し、卒業式が執り行われました。保護者の方々や学院関係者の方々にはご遠慮頂き、本当に申し訳なく思っております。写真は、大学のホームページに掲載されています。以下、私のメッセージを掲載いたします。

輝く命

「心を尽くして主に信頼し、自分の分別には頼らず常に主を覚えてあなたの道を歩け。そうすれば 主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる。」(箴言3:5・6)

皆さんと共に今日の卒業式を執り行うことができますことに心から感謝し、その思いを込めて、お祝いのメッセージを送りたいと思います。

1.聖句の意味

この聖句は、2002年4月、今から18年前の4月の入学式で、学長として初めてメッセージを述べた時の思い出の聖句です。当時、戸惑いと緊張で心は激しく揺れていた時に、この聖句によって勇気を与えられたことを思い出します。

さて、箴言は、いわゆるバビロン捕囚後、すなわち紀元前約600年、新バビロニアによってユダ王国のエルサレムが征服され、ユダ国民がバビロンに連行され、50年間、囚われの身となりました。もっとも過酷で悲観すべき状況にある中で書かれたものです。

また、箴言は「知恵の書」と言われ、「実際の生活の中で、さまざまな問題や困難に遭遇する。これらの課題を巧みに解決・処理し、時と場合に応じて適切に行動する能力」(『新共同訳 旧約聖書注解Ⅱ』日本基督教団出版局)について書かれています。なお、この知恵は自分だけで得られるものではありません。さまざまな人と出会い、さまざまな行動や思いを知り、学び、また自らの経験によって得られることを確認したいと思います。

ふりかえって、私たちも、身近に地震、台風等による水害、風害、そしてコロナウイルスの流行等に直面し、不安に覆われた状態にあります。このような時代にあって、私たちは、それらの困難にいかに取り組むか、どのように生きていくのか問われており、今日は、1人の医師の生き方から学びたいと思います。

2.アフガニスタンにおける中村哲医師の働き

その人とは、アフガニスタンの地で、住民のために働いた医師中村哲さんです。アフガニスタンは、日本から西南に約6,000キロメートル離れた所にあり、南と東はパキスタンに、西はイランに接し、面積は日本の1.7倍、中央には、ヒンズークッション山脈がある山の国です。人口は2000万人から2400万人で、気候は乾燥地帯ですが、かつては、全人口の80%を占める農民が自給自足の生活をしていました。しかし、約50年前から内乱が続き、また約20年前に大干ばつがあり、1200万人が危機に直面し、飢餓線上400万人、100万人が餓死線上にあって、イランやパキスタンへの数100万人が難民となりました。

中村医師は、1984年にパキスタン北西部に赴任し、1991年よりアフガニスタンの東部の都市ジャララバードを拠点として、診療所を開設し、医療活動を行いました。99.9%の住民は10円、20円のお金もなく医療を受けられない状況でした。

中村医師は、医療活動を続けながら、子どもたちが日本では治る腸の病気にかかり、「コロリ」と亡くなってしまう現実を知りました。その理由は栄養失調と貧困です。子どもたちは、乾きを潤すために汚い水を飲まざるを得ず、その結果、体を壊す。また水がない故に作物ができず、十分な食べ物がなく、栄養失調状態にありました。そして、長く続く内乱の混乱も合わさって、急激に砂漠地が増加している現実を見て、中村医師は、2000年8月井戸を堀ることを決意しました。さらに、食べ物となり、生活を維持する農作物づくりのための用水路を建設することに挑戦し、聴診器を土を掘り、岩を砕く道具に持ちかえたのです。

 2002年以来、1600箇所に井戸をつくり、また用水路建設に取り組み、2017年現在、用水路は27キロに及び、灌漑面積は、3500ヘクタールに及びました。東京ドームは4.7ヘクタールなので、800個分になる計算になります。用水路が延びるたびに緑が生まれ、村ができる。そして15万人が住むコミュニティが作られたのです。しかも、一緒に用水路を作り、知識と経験をもつ住民がそこに住み、用水路を守り、コミュニティを継続していくという、当事者による自立を目指したのでした。それらの事業を、日本で設立されたペシャワール会(注1) が、それらの活動を支援したのでした。

注1.シャワール会は、1983年、パキスタン北西辺境州で貧困層のハンセン病治療をし、79年の旧ソ連侵攻で生じたアフガニスタン難民も治療する中村哲医師の支援組織として結成された。会員数約1万3千人。寄付金により同州やアフガニスタンで複数の病院や診療所を運営している。受診者は延べ100万人を超える。中村医師は2003年、アジアのノーベル賞といわれるマグサイサイ賞(平和・国際理解部門)を受賞した。

(以上、『天、共に在り〜アフガニスタン三十年の戦い』NHK出版、2013年10月第一版、「京都環境文化学術フォーラム」記念講演より)

3.中村哲医師の生き方から学ぶ

 私は、中村哲医師の生き方に敬意を表しつつも、同じような生き方ができない。しかし、だからこそ、中村医師の生き方から学びたいのです。福岡市の西南学院中学に進学し、キリスト教と出会った後の生き方から、生き方の本質を引き継ぎたいのです。

<出会いを大切にしてきた生き方>

中学時代からの友人、福地庸吉さん(73)が中村医師に現地に赴任した理由を尋ねると、かつて蝶を調査する登山隊の一員として行った時に診察できなかった村人たちの「恨めしそうな顔が頭から離れんかったとよ」と答えたと言われたとのこと。また、中村医師は言います。「様々な人や出来事との出会い、そしてそれに自分がどう答えるかで、行く末が定められていきます。私たち個人の小さな出来事も、時と場所を越え縦横無尽、有機的に結ばれていきます。そして、そこに、人の意思を超えた神聖なものを感じざるを得ません。この広大な縁の世界で、誰であっても無意味なものはない。私たちに分からないだけです。この事実が知ってほしいことの一つです。現地30年の歴史を通して言えることは、私たちが己の分限を知り、誠実である限り、天の恵みと人の真心は、信頼に足るということです。」その言葉から、出会いを大切にしてこられた中村医師の生き方を学びます。

<「一隅(ぐう)を照らす」>

中村医師は、たびたび「一隅(ぐう)を照らす」と言われます。一隅とは、ひとすみと書きます。今いる場所で希望の灯(ひ)を灯すこと。それは、0か100ではない。その間には、1から99の生き方がある。さらに、アフガニスタンの国全体から見ると、限定的な活動だが、自分がいる場所で生きていくことが一隅を照らすことであり、そこに意味がある。また援助にはブームがあり、ブームが終わると多くの援助が引き上げられるが、中村医師は、現地に残り続けた。だから、経験の通して、現在のアフガニスタンでの戦争が、決して平和を生み出さないこと、憎しみは生まれるが、信頼は生まれないことを説得力をもって言い続けることができたのです。

2019年12月4日、中村医師は、銃撃され、亡くなられました。私は、中村医師が生涯を通し証明したその思いを、忘れないようにしていきます。

4.卒業生に贈る言葉

君たちはそれぞれに生きてきた。そしてここにいる。また、君たちとともに、ご親族、友人、教職員は、一緒に歩んできた。今までのことで、無駄なことは何もない。そのことに気がついてほしい。そして、今までの経験を無駄にするかしないかは、これからの君たちの考え方、生き方による。そのことを忘れないでほしい。

そして今、君たちは、旅立とうとしている。不安もある。恐れて歩みを止めることもあるかもしれない。しかし、私は、漠然と不安を抱くのではなく、今を大切にして、生きていってほしいと伝えたい。いろいろ困難に直面した時に、決して一人ではなかったことを思い出してほしい。

これからの君たちの歩みのその一歩一歩が、「輝く命」そのものである。そして、君たちの思いと共に、共に歩んでくれた方々の思いが、君たちを通して輝いているのです。そのことを忘れないで頂きたい。

だから、今日は、君たちに、「心を尽くして主に信頼し、自分の分別には頼らず 常に主を覚えてあなたの道を歩け。そうすれば 主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる。」という聖句を贈ります。

卒業、おめでとう。これからもよろしく。

資料1.歩み

1984 パキスタン北西部に赴任

1991 アフガニスタンに診療所を開設ペシャワルの病院に訪れる患者の半数は、戦乱を逃れてきた隣国アフガニスタンの難民だった。アフガニスタン山間部の無医地区の苦境を知り、国境の峠を越えて診療所を開設。その後も活動地域を広げ、最も多い時期は両国の11カ所で診療所を運営した。

2000 干ばつを受け井戸を掘る アフガニスタンで大干ばつが発生。農地の砂漠化が進み、住民たちが次々と村を捨てた。飢えと渇きの犠牲者の多くは子どもたち。「もはや病の治療どころではない」。かんがい事業を決意し、井戸掘りを始める。2016年までに井戸は1,600カ所となった。

2003 用水路建設に着手 井戸掘りを進める中で直面したのが、地下水の枯渇。水不足で小麦が作れない住民たちは現金収入を得るため、乾燥に強く、ヘロインやアヘンの原料となるケシの栽培を広げていた。「農村の回復なくしてアフガニスタンの再生なし」。地下水に頼るかんがいの限界を知り、用水路の建設を始めた。

資料2.
『天、共に在り〜アフガニスタン三十年の戦い』NHK出版、2013年10月第一版、「砂漠の啓示」より

砂漠は美しく静かだ。日中の気温は50度に迫り、強烈な陽光があらゆる生命の営みを封じる。人為を寄せつけぬ厳しさに、人はただ伏して恵みを乞う。ガンベリ砂漠の凛(りん)とした表情は変わらない。 だが緑の防砂林を境に情景は一変する。幅300メートルほどの樹林帯が延々5キロ、砂漠と人里をくっきりと分けている。高さ十数メートルに成長した紅柳の薄暗い森を抜けると、1本の水路が流れている。両岸のヤナギ並木が目を和ませ、小鳥のさえずりが聞こえる。水路沿いに数万本の果樹の園、スイカ、野菜、米や小麦を豊富に産する田園地帯があり、今も開拓は営々と進む。6年前に建設された用水路は確実に威力を広げている。 当時は粗末な小屋で、熱風と砂嵐の中、食事に混じる砂粒を噛(か)みながら指揮を執った。数百人の作業員たちは倒れても決して仕事の手を休めなかった。三度の食事を家族に与え、故郷で暮らすこと。それが彼らの願いであった。 その司令塔は今、広々とした記念公園の中に記念塔として立つ。塔の上から眺めると、砂漠に向かって押し寄せる一面の樹林の緑が圧倒的だ。恵みは人の思いを超えて、備えられてあることを訴える。奇跡ではない。一つの神聖な啓示だ、と皆は確信を深める。 砂漠の一角で得たこの光景は、誰の心にも鮮やかに刻まれている。わが職員、作業員は隣接地域で次々と取水堰(ぜき)の建設に取り組み、アフガン東部に穀倉地帯の復活をと意気軒高である。多くの場所で取水堰を造り、「緑の大地計画」は15年目にして完成を目前にした。2020年までにPMS(平和医療団)は1万6500ヘクタールの沃野(よくや)をよみがえらせ、65万農民の生きる空間を確保しようとしている。 PMSでは来る5年を準備期間とし、全国展開を目指している。アフガンでは全耕地770万ヘクタールのうち灌漑(かんがい)地域は200万ヘクタール前後。減少の一途という。 気候変動による干ばつは、ようやく為政者に危機感を与え始めている。全部を救えないにしても、PMSが確立した取水技術は多くの地域で恩恵をもたらすと期待され、全国展開の機運が高まっている。現在、「大同団結」をあらゆる勢力に呼び掛け、調査と準備が進められている。 殺りくで糧を得ることなど誰も好まない。故郷で耕して生きるのが一番だ。戦乱の中で生きざるを得ない人々は、PMSの灌漑事業に平和への望みをかける。その祈りは切実である。 この事情は日本に伝わりにくい。戦の背後にある現実が知られず、貧しい人々の犠牲に実感が持てないこともあろう。 折から報ぜられる安保法制議論は、悲しいものだ。進んで破壊の戦列に加わり、人命を奪ってまで得る富は、もうよい。理屈で固めた「平和」は血のにおいがする。富と平和はしばしば両立しない。日本国民はいずれを選ぶか。」

阿部志郎先生石井十次賞受賞

阿部志郎先生が、第28回石井十次賞を受賞されました。それを記念する講演会・お祝い会が12月初旬に開催されました。2020年に94歳を迎えられる先生が、ひたすら福祉の原点を示し、さらに追い求め続けられる生き方を目にし、参加者にとって、励まされる時でした。今までも、今も、そしてこれからも、阿部先生の後ろ姿を見ながら歩んでいくことができることに、私は心より感謝しています。



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第9回縁の会講演会

11月17日に、縁の会の講演会があります。縁の会は、高齢者福祉に関わる者たちの自主グループで、参加者が情報交換をしながら、お互いに支えあい、励まし合い、新たな気持で高齢の方々のケアにあたることができる機会を提供したいと思い、年に一回、会を開催しています。今、高齢者福祉の現場は、非常に多忙で、多くの職員は疲弊していると考えています。だからこそ、仕事についた原点に戻り、またリフレッシュできる機会が大切だと思っています。どうぞご参加下さい。

2019年沖縄県社会福祉大会

10数年ぶりに沖縄県社会福祉大会の記念講演「県民一人ひとりが作る地域共生社会について」をお引き受けしました。今回は、西原町を訪問し、住民の方々が主体となって地域の絆を築いていく取り組みに感銘を覚えました。また、沖縄の地域福祉活動に関していろいろお聞きし、沖縄県民の心に流れる「ちむぐくる」という思想に出会いました。

岩手県では、「イーハトーブ」という思想が良く取り上げられています。これは宮沢賢治が目指した理想郷を意味していると言われています。「アメニモマケズ カゼニモマケズ ユキニモ ナツノアツサミモマケズ ・・・・イツモシズカニワラッテイキル」というメッセージから、どんな苦難に直面しても、人生を生き抜いていく一人の人間の姿が浮かんできます。

また、私は徳島県におけるボランティアの広がりを目指したさまざまな取り組みに関わってきました。たくさんの市町村社協の友人たちとたくさんのことに挑戦して、たくさんの思い出があり、今でもそれらを大切にしています。そこでの経験を通して、お遍路さんに対する住民の「おもてなし」の伝統は、隣人に対する思いやりに通じていました。「ちむぐくる」とは、思いやり、優しさ、人に気遣いを言い、一人ひとりの心に宿っていると実感しました。感謝です。


地域福祉パワーアップカレッジ練馬の力

カレッジの力は、卒業生の働きあります。一人の地域住民として、福祉の理解者として生活なさっておられる方々も、カレッジの宝です。また具体的な活動を通して地域を支えておられる方々、いろいろな行政や社協、NPOの理事会や委員会に出席なさっておられる方々も、宝です。

ここでは、卒業生の一部を活動を紹介します。

「神と隣人に仕えるー地域共生社会形成におけるキリスト教社会福祉の役割」

日本キリスト教社会福祉学会第60回大会(2019年6月28日、聖隷クリストファー大学)で、シンポジウムのシンポジストのご依頼を頂きました。テーマは、「神と隣人に仕えるー地域共生社会形成におけるキリスト教社会福祉の役割」です。シンポジストは、村上恵理也氏(日本キリスト教団松戸教会牧師)、野原健治氏(興望館館長)、市川、コーディネーターは柴田謙治氏(金城学院大学教授)でした。すでに1ヶ月を過ぎましたが、私がお伝えしたかったことをまとめました。

 私は、50年近く、キリスト教社会福祉の実践から多くを学んできました。それは、私自身の生き方に影響を与えていました。特に、私は先人の実践から信仰の意味を学び、今を生きる使命としてきました。しかし、この数年、いくつもの経験を通して、私のキリスト教社会福祉の実践に対する考えが変化していることに気がつきました。

1.「隣人に仕える」キリスト教社会福祉の取り組み

⑴共感から生まれる活動

「あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで探し回らないだろうか。そして、見つけたら、喜んでその羊を担(かつ)いで、家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んで下さい』と言うであろう。言っておくが、このように、悔い改める一人の罪人については、悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある」(ルカによる福音書第15章第4節から7節)

キリスト教社会福祉を切り開いた先人の方々の思想、信念から、私は神の御言葉を学び、共感しました。また先人が目指した明日に向かって、たくさんの方々が足並みを合わせ、歩んでこられたことを知っています。その証が、現在まで引き継がれてきた実践そのものです。

私は、一匹を救う取り組みが、私の使命であると考えてきました。そう考えるもう一つの根拠は、「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。」(マタイによる福音書25章40節)との聖句です。私が訪問した多くのキリスト教主義施設には、この聖句が掲げられていました。

しかし、自分に予想していなかった病いが発見され、少し辛い治療を始め、「生きるために食事をする」等を体験してから、私自身が「一匹の羊」「いと小さき者」であることを実感しています。そして、私の生きることへのこだわりは、隣人が自分らしく生きてほしいという気持ちを強めています。相手に対する畏敬や共感は、自分自身を知ることから始まりました。

また、2011年3月の発災後から続けている東日本大震災の被害がもっとも大きかった石巻市の支援を通して、一人の人間の非力さを痛感しながらも、多くの人たちが絆を形成し希望を生み出している現実を見て、共に生きる意味を知りました。震災以来、今も石巻に通わせて頂いています。

そして、そもそも、今日の家族の扶養機能・養育機能、地域の相互扶助機能、企業内扶助機能の脆弱化により、誰もが閉じこもり、孤立死の危険があります。また引きこもりの推計が数十万となっている状況で、私たち自身が一匹の羊であると思います。だから、一人の人間としての共感が自然に湧き上がってくるのだと思っています。

その事実を理解できたことを思いますと、この間の経験は、神様からの贈り物だと確信しています。

⑵隣人愛の実践

隣人愛という言葉は、クリスチャンに限らず、今の社会にとって、かけがえのないミッションであると思います。

例えば、民生委員信条には、「わたくしたちは、隣人愛をもって、社会福祉の増進に努めます」と書かれています。また、手話では、ボランティアを、「苦労を献げる」という意味ではなく、両手の人差し指を合わせ、人差し指と中指で歩く表現します。すなわち、「共に歩む」と意味を表します。 そして、生活困窮者自立支援制度は、援助の原則として、「生活困窮者が社会とのつながりを実感しなければ主体的な参加に向かうことは難しい。『支える、支えられる』という一方的な関係ではなく、『相互に支え合う』地域を構築します。これらは、奉仕の概念の変化ではないでしょうか。

また、私が委員長をさせて頂いている東京都共助社会検討委員会では、共助の原則の一つをdiversity(多様性)とinclusion(共生)にしました。ずなわち、それぞれの生活文化、生き方、思想、信条、信仰等の多様性を認め合い、そして互いに支え合いながら生きていくことの大切さを掲げました。隣人愛に立つ歩みを求めた神を信じるか、信じないかに関わらず、神を知っているか知らないかは関係なく、倒れている人を助けようとする人は、キリストにある隣人だと考えています。

2.キリスト教社会福祉としての地域社会との関わり

⑴住民との関わりによる成長

社会福祉法第4条には、「地域住民、社会福祉を目的とする事業を経営する者及び社会福祉に関する活動を行う者(以下「地域住民等」という。)は、相互に協力し、福祉サービスを必要とする地域住民が地域社会を構成する一員として日常生活を営み、社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会が確保されるように、地域福祉の推進に努めなければならない。」と規定されています。命を与えられてから、人生の最後に至るまで、一人の人間として生きていくことを支援する実践が地域福祉であると示しています。

ふりかえって、キリスト教社会福祉を実践してきた団体は、その置かれた場で希望の光を灯しました。地域住民は、その光を見ながら、生きておられたと思っています。そして、今、同団体は、地域という場所で、当事者、住民と共に生きていくこと、互いに補い合っていくことが求められていると思います。そして、それは互いに学び合うことでもあります。

⑵「我がごと、丸ごと」を目指した地域共生社会の展開をどのように考えるか

 「我がごと」とは、地域住民等も地域の生活課題を自分のことと認識し、協働してその問題の解決に取り組みこと。「丸ごと」とは、障害者、児童、高齢者と分かれていた施策を束ねて、地域問題に対応するサービス供給組織に再編しようとすることです。

 この考え方は、すでに施策のいたるところで実施されています。私は、介護保険における介護予防・総合事業、社会的養護における地域支援、生活困窮支援制度における地域社会づくり等の施策の動向から、インフォーマルケアである見守りやサロン等の住民活動、当事者活動が、施策に位置づけられ、自助、共助、公助を合わせた地域ケア体制が求められていると考えています。すなわち、地域福祉の制度化です。

 確かに、国の責任を放棄しているとの指摘もあります。しかし、各自治体、地域状況は多様です。そしてそれぞれの地域で、孤立や虐待が顕在化している現実がある。地域の問題を行政だけでは対応できない。地域共生社会づくりは、身近な住民やボランティア、社会福祉法人、NPO法人等の幅広い資源が最大限協働して、「問題が発生する地域を予防、解決の場とする」従来のコミュニティケアの実現と共通しています。但し、従来の施策と違う視点は、それらの活動を支援する自治体の役割が強化されたことです。

⑶原点に戻る

ちなみに、社会福祉法人改革の現状分析は首肯できませんが、組織の透明性等の強化、公益事業の義務化に関しては、一つの機会ととらえています。また、地域ケア会議等の連携の中で、各キリスト教社会福祉を実践する団体はどのような姿勢をとるか。または地域社会における役割を明確にしていく必要があります。

すなわち、隣人愛に基づいて創設され、今日も至る団体のミッションが、組織を構成する関係者にどのように共有化され、日々の仕事にどのように活かされているのか、本物のキリスト教社会福祉実践なのかどうかが問われていると思います。

3.キリスト教・教会とキリスト教社会福祉実践との関わり

⑴基本的考え方

 教会から発せられる言葉である隣人愛の実践が、キリスト教社会福祉実践であり、教会の地域への玄関が、幼稚園・保育園を含む社会福祉施設、地域活動であるとも考えています。ですので、以下に述べるキリスト教と社会福祉実践を結び合わせる5つのCの座標軸が大切だと考えています。すなわち、共感(Compassion)、連帯(Collaboration)、当事者の様々な能力の向上(Capacity building)を横軸に、キリストの教え(Christ)を縦軸にする十字の座標軸です。

  • 共感(Compassion)

悲しみや痛みを感じ、喜びや感動する心を抱き、自分らしく生きたいと葛藤し、人間としての誇りを生きる糧とし、安心する心の拠り所を求めさまよう、そうした人生を一歩一歩積み重ねて生き抜いてきた利用者の「生きる」姿に共感すること。これは、同じように生きてきた自分自身を理解することから始まります。

  • 連帯(Collaboration)

「隣人」とは、生きる意味を共に考えてくれる同伴者です。日本聖公会神学院校長関正勝先生は、「弱さを担うことが真実の人間の強さだ」と言われました。すなわち、叫びをあげている人々から求められることに、ひたすら応え続け、同伴者として歩むこと。それは、利用者の存在を支える働きであり、互いが生きる意味を教えあい、共に考える空間であり、意味のある人生を互いに築いていく過程ではないでしょうか。そこには、明らかに、生きる意味を共に考えていく「隣人」としての関わりが生まれています。

例えば、地域ケア会議等の連携の中で、各キリスト教社会福祉を実践する団体はどのような役割を果たすのか、地域社会における使命は何か、明確にしていく必要があります。隣人愛は、キリスト教社会福祉団体の専売特許ではありません。

また、当事者本人と連帯し、その人の存在を認めているか、それぞれの方の生きる姿を受けとめているのか、隣人愛の実践がなされているのかという問いを実際の仕事で確認していくことが大切だと思っています。

  • 当事者の様々な能力の向上(Capacity building)

「孤児の父」と言われた石井十次は、明治後期に密室主義(個人的な話し合いによる教育)、旅行主義(見聞を広めるように努力すること)、米洗主義(米をとぐようにそれぞれの特質を現させる)等の岡山孤児院12則を明らかにしました。また知的障害児の父と言われた糸賀一雄氏は、昭和20年代から療育を通して、発達保障というミッションを掲げました。当事者の生きようとする力、他者を理解しようとする力、潜在的な自立能力を一緒に発見し、維持し、強化のための挑戦をすることが求められています。

  • 運営方針の明確化と組織強化(Check and evaluation)

ちなみに、社会福祉法人改革の現状分析は首肯できませんが、組織の透明性等の強化、公益事業の義務化に関しては、一つの機会ととらえています。

組織内だけでしか通用しない常識は、それを非常識と言います。そして、キリスト教社会福祉を実践する団体が、社会から求められている存在であるのかと確認し続けて頂きたい。

また、事業、活動等の具体的な支援が、手続、計画、内容において適正なものか、評価基準を明確にした上で、たえず見直していくことが求められています。これなくしては、地域からも信頼は得られません。

上記の①から④を横軸に、キリストの教え(Christ)すなわちキリストが私たちのために十字架につけられ、自らの命を捧げて下さったこと、そして復活なさり

キリストへの信仰を縦軸にする十字の座標軸がキリスト教社会福祉実践だと考えています。

⑵特に意識して頂きたいこと

今日の社会福祉の現場は、明らかに自立の概念、当事者主体、継続的支援の強化を図っています。

①自立の概念の変化

そもそも自立とは、能力に応じたものであり、障害には支援、能力は活用という基本的考え方が大切です。また、自立の目標は就労による経済的自立か、生活能力(ADL+生活機能障害(2001年ICF)への転換、生活のしづらさ、困難さの発見と支援の必要性)、経済的自立、地域生活における自立、社会関係的・人間関係的自立、文化的自立、身体的・健康問題と自立等、多様な自立が求められています。

②当事者主体

身体障害をもつ方、知的障害をもつ方の社会参加は課題がありつつも、一定の実績はありますが、近年は特に、精神障害をもつ方の社会参加、自己実現を目指す活動が注目されています。浦河べてるの向谷地氏は、当事者研究を示し、当事者自身の取り組みを前面に掲げています。初期の認知症を持っている方々が当事者として社会参加していく可能性を模索する実践もそうです。このような実践が、全国に広がっています。

③継続的支援の強調

さらに、継続的な支援を考えていかないと、多くの当事者は孤立するのではないでしょうか。例えば、一定の年齢になり、児童養護施設を卒園した青年が、突然社会での自立を求められることには無理があります。人生のそれぞれの歩みの過程で、一緒に歩む人、活動、組織があることは、不可欠です。限定されていたサービス、制度を結び合わせるシステムを創り出していくことが求められています。

さて、今日は、浜松駅から聖クリストファー大学まで、バスで来ました。その道すがら、案内の方が立っておられました。不案内の私にとって、本当に心強かったです。その案内に従い、今、私はここに居ます。私は、教会が、キリスト教社会福祉実践に携わる私たちが、迷う人、地域福祉活動の歩みの『道しるべ』、暗い夜空を吹き抜け、社会を照らす『光』になっていく夢の実現を目指したいと思っています。

『人生100年時代の地域ケアシステム』

2019年5月、三鷹ネットワーク大学より、『人生100年時代の地域ケアシステム〜三鷹市の地域ケア実践の検証を通して』が出版されました。有力な研究者等がこれまでの三鷹市の実践掘り起こし、検証し、今後の課題を示しています。私は、それぞれの地域の実績を丁寧に検証し、その土壌に生えた木に、新しい実践を接ぎ木をしていく取り組みが大切であると考えています。しかし、多くの市町村はそれを見失っていないでしょうか。可能性を捨象していないでしょうか。

本書は、三鷹市の特性を紹介しています。何か新しい建物等のハード面を充実することだけが、将来に向けた取り組みとして優先させるべきでないと思っています。地域の日常生活の中に根ざした実践が、明日の可能性を示します。本書が、今一度、その原点に立ち返り、将来の可能性を模索する一助になるなら、幸甚です。

終活について

2019年7月、私の友人が施設長を務める岩手県盛岡市にある五月園において、講演をさせて頂きました。テーマは、『高齢期における生き方〜終活の意味と内容について考える』である。母の看取りの経験、お世話になり亡くなられた方々の生き方から学んだことをまとめる機会となりました。

母は、一人で静岡市伊東市に住んでいましたが、福岡にいる弟家族に良く連絡をし、大切にしてもらっていました。また東京にいる私たち家族とも関わりは深く、晩年は幸せであったと信じています。母を天国に送った後、父母の遺品が詰まっていた家の片付けは、当時東京に勤務していた弟と一緒に行うことができ、彼の献身的な働きなくして、父母の終活を行うことができませんでした。神様が与えて下さった父母に感謝する時でしたが、膨大な荷物があり、また結婚の記念アルバム等の父母が大切にしてきた品物をどのように片付けるか、本当に悩みました。私たちが決断せずに、祖父母を慕っていた孫である私の子どもたちのその判断を委ねることはできません。

ふりかえって、五月園との関わりは長いのです。職場内研修のために何度か五月園を訪問しました。今の施設に建て替える前の、丘の頂きの方にあった時からです。施設長さんは、私が社大の研究所の助手時代に学生であり、その頃から続く仲間です。盛岡市で行われた結婚式にも出席し、彼との思い出はたくさんあります。

また、盛岡市には、私が大学時代の親友がいて、今も彼と仲良くしています。昨年大切な奥さんが亡くなられ、心配しています。奥さんは、まだ彼と結婚する前から知っている高知の方で、本当に心の広い、また思いやりのある方でした。ご冥福をお祈りします。

さて、その際のレジメを掲載します。私にとって、この数年は、健康にいろいろな変化があった時で、死に至るまでいかに豊かに生きていくか、考える機会が与えられました。その意味で、実り豊かな時で、私が考えるテーマのポイントを掲載し、講演の中で補足しました。

  高齢期における生き方〜終活の意味と内容について考える

1.「生きていくこと」について、考えてみます。

①「花は咲くプロジェクト」です。歌詞の一部を紹介します。生き方を示している。

誰かの想いが見える 誰かと結ばれている 誰かの未来が見える 悲しみの向こう側に 花は 花は 花は咲く いつか生まれる君に 花は 花は 花は咲く わたしは何を残しただろう 花は 花は 花は咲く いつか生まれる君に 花は 花は 花は咲く いつか恋する君のために

②聖路加病院の院長で昨年105歳で亡くなられた日野原重明先生は、いのちとは「自分が使える時間のこと」だと言われました。たとえば体の中のポンプ・心臓は、絶えず鼓動しています。これは、体で感じ、医学的には見える。しかし、「自分が使える時間」とは、日々生きていく時間。一人ひとりも他者のために、自分を活かす時間でもあります。

③私が目指す生き方   人生に停年はない。

 老人は夢を見、若者は幻を見る(ヨエル書第3章第1節)

高齢期は喪失の時代であると言われる。加齢によって、身体の機能低下は低下する。愛する家族や親しかった友人を失う悲しみは増えるばかり。しかも仕事は定年を迎え、自分にふさわしい新たな役割を探さなければならない。なのに夢と幻、すなわち明日への希望を持つことができるだろうか。頭を抱えて、明日への歩みを止めてしまう自分が良く見える。だが、「老いの坂をのぼりゆき、かしらの雪つもるとも、かわらぬわが愛におり、やすけくあれ、わが民よ」(日本基督教団讃美歌第一編284番)と賛美歌にあるように、山の頂に向かって歩み続ける兄弟姉妹がおられる。感動する心と希望をもって、明日に向かって今を生きる方々の歩みに私は勇気づけられる。 

 誰にも将来を見通すことはできない。過去の後悔に押しつぶされそうになる。しかし、神の愛のまなざしを心にとめ、日々祈りつつ今を生きることによって、過去の事実は変わらなくとも、過去の意味が変わっていく感動を、神はたえず私たちに与えてくださる。だから見通せない将来に向かって、日々の歩みをとめてはならない。

 そして、最後の時、支えてくれた家族や人びとに感謝することができたなら、それは人生最後でもっともすばらしい証し。感謝する人の命が光る。見看る人びとの思いがその人の命を通して光る。その人を支えてきた神の愛が、その人の人生を通して光り続ける。神の愛は、とどまることなく最後まで私たちに注がれている。

 このような人生に停年はない。

④老い

「〈老化〉と〈老い〉という二つの用語の間には区別が感知される。一つは生物学的概念であり、他は人間学的な概念である。具体的に言えば、〈老化〉というのは、加齢と共に身体的な諸器官とその機能に衰退現象が現れてくる、生物として避け難い必然的ともいえる事実を指す。これに対して、〈老い〉というのは、この事実を柔らかく表現するのにとどまるものではなく、この事実をその担い手である人間一人一人がどのようにして受け止めこれに対処しようとするのか、心の問題として、生き方と態度の問題として考えようとするものである。この両者には視座の相異は見逃しがたい。前者は生物学的もしくは社会学的な性格を主とする問題であるのに対し、後者は主体的、自分自身の生き方に関わる問題として自覚される。哲学的考察や宗教的な信仰が問われるのはここである。」(浜松聖隷ホスピス初代所長 原義雄「死へのプロセスとしての老い」、日本基督教団宣教研究所編『老い・病・死』)

2.死に至るまで生きてことの大切さ(日野原重明 ラストメッセージ NHK)柳田邦男さん(ノンフィクション作家)

“死”をどう生きたか 日野原重明さんの105年

日野原さんが最後まで求め続けた死をどう生きたか、あるいは死をどう生きるか、私たちはどう受け止めればいい?
柳田さん:これは人間のライフサイクルという見方で見ますと、従来のライフサイクルというのは、生まれてから中年期に最高になって、そしてやがて下り坂で死で終わるっていうんですけど、これはとても大事なところが抜けている。
 それは精神性の命なんですね。人間の精神性というのはむしろ、定年後とか病気をしてから成熟して、成長するので、しかもそれは死で終わらないで、亡くなったあとも、その人が残した生き方や言葉というのが後を継ぐ人の中で生き続ける。これは今までの日本の人々の考えの中で支配的だった、老いや死を暗く考えるっていう考えを180度変えて、むしろそれはチャレンジする新しい生き方なんだっていうことを日野原先生は身をもって教えてくれた、わたくしはそういう死後の在り方、「死後生(しごせい)」と呼んでるんですけど、これを考えると今どう生きるかっていうことへの問いかけであり、それが死を生きるということなんだと、こういうメッセージを受け止めています。

3.では、老いが直面する課題を考えて見ましょう。

①人生の歩みの中で直面する課題

・成人前期 外部の価値への適応(就職、結婚、出産)

・成人後期 内なる価値への適応

 体力の危機、性的能力の危機、人間関係の危機(親の死、こどもの自立、友人の死)、思考の危機(成熟感によって新しい努力の停滞)、将来の不安  ユングは、新たな内的価値への模索をこの時期の課題として指摘している。ある意味で、ほんとうに困難な時期は、中高年期であると言っています。

・高齢期(喪失の時代か、創造の時代か)

心身の機能の低下(機能の喪失)、配偶者、親族、友人を失う(関係の喪失)、定年、引退(役割の喪失)、死の恐怖と寿命(生命の喪失)

②疾病の意味

・適応力の低下、・抵抗力の低下、・慢性病になりやすい、・身体的機能と精神的機能の関係が密接、・症状が教科書通りにでない、・腎機能の低下により薬の作用が残り、副作用がでやすい、・骨粗鬆症

③高齢者は必ず認知症になるか   結晶性能力と流動性能力

④知と身体の関係

・自己中心的=心身の機能脳の器質的な変化による思考面や性格面の硬さ、・猜疑心=視力、聴力の低下が邪推、嫉妬、ひがみを生む、・保守性=記憶力の低下と学習能力の低下、・心気性=極端に病気を恐れる傾向。役割の喪失等により体にのみ関心が集中、予備力の低下も要因、・愚痴=過去への関心=行動範囲の狭さ

⑤LIFEとは?

・命

・生活

・人生

4.終活について考える 老人ホームイリーゼ(HP)より

①目的

「これまでの人生を振り返る」「残される家族のことを考える」「友人、知人、今までお世話になった人たちへの思いをつづる」「やり残したことや叶わなかった夢などを書き出す」などを行うことで、余生を通してできること・できないことの整理につながります。 
②終活のメリット
終活で得られるメリットは、主に3つあります。
・自分の意思が家族に伝わり、老後の生活が前向きになることです。

伝えるときはまず「自身の健康状態から切り出す」のがポイントです。
・残された老後生活が充実することです。

・遺産相続のトラブルを回避できることです。

③方法  終活1:エンディングノートを書く
エンディングノートは、「プロフィール」や「葬儀に関すること」などと項目を分けることで書きやすくなり、見る側も読みやすくなります。
・本人情報
名前、生年月日、血液型、住所、本籍地、住民票コード、マイナンバーなど
・自分史
学歴、職歴、結婚、出産、夫婦の記念日、マイホーム購入時期、歴代のマイカー紹介、職場での功績、馴染みの土地、幼少期から各年代の思い出、特技、趣味など
・関係する人物との間柄や連絡先
家族、兄弟、親戚、同居していない家族、養子、家系図、友人、知人、職場関係者、恩人、法的関係の相談者など
・財産について
預貯金、口座番号、公共料金などの自動引き落とし情報、クレジットカード情報、基礎年金番号、各種加入保険、株式、不動産、借入金やローン、骨董品、貸金、有価証券や金融資産など
・介護や医療について
希望する介護や医療施設、費用、後見人(財産管理などを任せられる人)、延命措置の詳細、臓器提供、介護や治療方針の決定者、医療カウンセラーなど
・葬儀について
喪主に頼みたいこと、宗派や宗教、戒名や法名、葬儀業者や会場、遺影写真、参列者リストなど
・お墓について
埋葬方法、希望墓地、購入費用、墓地の使用権者、墓地の継承者、手入れ、お供え物など 
・遺言書について 言書の有無、相続リスト、それらの保管場所など

終活2:遺言書を書く

終活3:お墓を決める

       

長野県地域福祉コーディネーター養成講座

歴史と実績のある長野県地域福祉コーディネーターの養成①地域福祉コーディネーターは、次のような役割を担う専門スタッフと位置づけています。・地域の住民ニーズの中で、専門的な対応が必要なケースへの対応・ニーズの発掘とその解決のためのコーディネート・制度によるサービスと住民活動をつなぐための実践的支援・住民が参加する地域福祉計画(地域福祉活動計画)の策定支援

②上記の役割を果たすため、地域福祉コーディネーターは、次のような活動を行います。・総合的な相談・生活支援・地域の福祉課題の把握と、課題解決のための活動の開発、支援・制度によるサービスと制度外のサービスをつなげる支援・多様な主体が協働するための地域のネットワークづくり(地域福祉コーディネーター養成研修実施要領から)

長野県社協では、地域の福祉・生活課題の深刻化と、それに対する福祉施策の変化も見据えながら、①現行の仕組みでは対応しきれない、多様な福祉・生活課題への対応、②地域住民のつながりを再構築し、支え合う体制の実現、③住民と行政の協働による新しい福祉の実現を目指す人材養成のため、市町村社協の他、行政、地域包括支援センター等の職員を対象に2010(平成22)年度から公益財団法人長野県市町村振興協会の補助を受け、「地域福祉コーディネーター養成事業」に取り組み、6年間で約1,000人が受講、100人近い受講者が全カリキュラムを修了しました。『長野県社協地域福祉研究会報告書(平成28年2月)』

もう10年近くになりますが、長野県社協の方と相談し、方針、研修内容、講演者、研修者を確定させてことを懐かしく思いだします。そして、たくさんの地域福祉コーディネーター、もしくは同じ役割を担っている方々を養成し、地域社会に送り戻したと実感しています。これは、長野県の地域福祉の強さを築いています。

長野県地域福祉推進セミナー開催要項※地域福祉Co研修と合同開催

ともに生きる ともに創る 地域共生・信州を目指して地域福祉コーディネーターの役割を考える

1 趣 旨

 長野県では、「ともに生きる ともに創る 地域共生・信州」を目標とした長野県地域福祉支援計画を策定し、多様な住民がごちゃまぜで暮らし、その人らしい居場所と出番がある長野県の創造を目指し、今年度より4カ年の計画が展開されます。

 本計画では、制度・分野ごとの縦割りや「支え手」「受け手」の関係を超えて、地域の誰もが地域の担い手として役割をもって地域とつながる「地域共生社会の実現」を目指し、介護・障がい、子ども・若者等の分野を超えて、他分野と連携した地域づくりを推進するために地域づくりを推進するための地域福祉のコーディネートを担う人材(地域福祉コーディネーター)の重要性にも触れています。

本セミナーでは、多様な分野の施策に基づいて住民主体の地域づくりを担うコーディネーターの配置が進む中、長野県の目指す地域共生社会の理念と地域福祉コーディネーターの役割について共通理解を図ることを目的として開催します。

2 主 催  社会福祉法人長野県社会福祉協議会

3 日 時  令和元年(2019年)6月17日(月)12:30~16:00

4 会 場  松本市勤労者福祉センター 大会議室

(松本市中央4丁目7-26、℡0263-35-6286)

5 対 象  県市町村行政職員(地域福祉計画・地域福祉・高齢・障がい・児童担当部局)、社会

福祉協議会職員、社会福祉法人・福祉施設・福祉団体職員、地域包括支援センター

職員、障がい者総合支援センター職員 他

6 参加費  無料

7 日 程(内容については変更する場合があります。)


1□開会

■基調説明「長野県地域福祉支援計画の概要と地域福祉コーディネーターについて」  説明:長野県健康福祉部地域福祉課

■講義「地域福祉を取り巻く制度変遷と地域福祉コーディネーターの役割と機能」  講師:ルーテル学院大学学長 市川一宏 氏

□休憩・会場転換

■実践報告「市町村における地域福祉コーディネーターの実践と現状」 報告者:黒岩秀美氏(長野市中条地区住民自治協議会)矢澤秀樹氏(伊那市社会福祉協議会)コーディネーター:市川一宏 氏(再掲)

□閉会

8 その他  本セミナーは「地域福祉コーディネーター総合研修 講座①」と同時開催します。

私は、当初から関わらせて頂き、学ばせて頂きました。心より感謝しております。